朝霧桜編(1)
夏休み明けの9月1日。
聖ヒソプ学園の門は、生徒たちが溢れていた。さすが、夏休み明けというべきか生徒達の目はどことなく眠そうだった。
紺色のワンピース状の制服は、いかにもお嬢様っぽい。カトリック系のミッションスクールとして近隣住人はお嬢様学校と呼ばれていた。一応キリスト教系の学校ではあるが、形骸化し、クリスチャンの生徒は半分以下といったところだろうか。教師もそんな感じでノンクリスチャンのものも多くいた。
だた、門のすぐそばの庭には大きな聖母マリア像がある。派手なステンドグラスの礼拝堂もあった。敬虔な信者の学校関係者もいるので、迂闊に「ラーメン、ソーメン、アーメン」などギャグも言えない雰囲気はあった。
直恵はここの生徒だった。諸事情があり、神父の元で育った直恵だが、本人の信仰としてはプロテスタントだった。本当はこの学園に通うつもりはなく、普通の公立の高校に行きたかった。
養父の神父とこの学園の学園長が紺懇意という事もあり、直恵が知らないところでトントンとコネ入学が決まっていた。
勝手に進学先が決められた怒りで、直恵と養父である神父とは同じ敷地内に住んでいながら、あまり顔を合わせない状態が続いていた。もちろん、養父の教会にも通わず、自分で選んだプロテスタント教会に転移し、信仰生活を送っていた。
こんな複雑な状況である直恵は、お嬢様が多く集まる学園でも一匹狼状態だった。友達もなく、部活の顧問の藤崎真澄しか親しいものはいない。
それに直恵は、悪霊が見えてしまう。彼氏ができたり、占いにハマっている生徒には100%悪霊が憑いているのが見えてしまい、関わりたくないというのが正直なところだった。結局救いは神様の恵みだ。直恵がいくら悪霊祓いをしても本人が好んで悪霊を招いてる場合、どうしようも出来ないので傍観するしかない。
どんなに外側を取り繕っても、悪霊が憑いているという事は何か罪を犯して、悪霊を招いたのだろう。確かに人間は罪人しかいないが、敬虔そうな学校職員に宗教の霊や淫乱の霊とか憑いていると、少々人間不信になる。神様だけが一番信頼できると感じる。
本当はそれらの霊も祓っても良いのだが、直恵にとっても手強そうな悪霊も多く、自分が悪霊達にスキを与えないような信仰を深めるのが先というのもあり、学園内では悪霊祓い行為はした事はない。
そもそも神様があえてその人に試練を与えているケースもあり、無闇に悪霊祓いはできない立場だった。
「淡雲さんだっけ? おはよー」
「おはよう、朝霧さん」
直恵は教室に入ると同じクラスの朝霧桜に声をかけられた。
桜は生粋のお嬢様だった。美人で、いかにもヒロインといった華やか雰囲気も持つ。誰とも平等に接していて、性格も良い。おまけに成績も良い。運動もできるし、ピアノ演奏も上手だった。
同じクラスといえど超のつくほどの陽キャで、直恵とは共通点が全くない。本当に差別感情みたいなものが全く無い人なので、一匹狼の直恵にもこうして明るく挨拶してくれるわけだが。
「淡雲さんは宿題全部終わった?」
「7月中に終わらせたわ」
「うそー、うちらまだ宿題終わってないの」
桜は慌てて陽キャグループの方にいった。どうやらまだ夏休みの宿題やっているらしい。
直恵はやれやれといった風にため息をつき、自分の席に座った。
今年の夏休みは忙しかった。7月中に宿題を全部終わらせると、通ってる教会で悪霊追い出しを手伝った。
通ってる教会は神谷教会という。住宅街にある一見小規模のプロテスタント教会だったが、牧師・神谷悠一は悪霊追い出しが出来るので、困っている人の面談や悔い改めを手伝い、悪霊を追い出した。
中には執念い悪霊もいて、悠一も直恵も骨の折れる作業だった。また悪霊が憑いてる人の中でも頑なに神様を否定する人もいて、その説得にも時間がかかる時がある。
それでも報酬は0円。悪霊追い出しは、神様の力を借りてするものだからお金は取れない。聖書にもそう書いてある。お金をとって除霊するという物は120%詐欺師なので、注意が必要だ。中にはそんな詐欺師の被害にあい、悪霊をわらわらといっぱい憑いた人が悠一の所に相談する事も多かった。
日本は偶像が多い。偶像を拝む事は罪になり、そこから悪霊がはいる。おそらく他国より悪霊にやられている人が多く、困っているものが多い。自業自得だといえ、完全に無視はできない。
そんな事をする直恵でさえ、心の中でイラッとしたり、アイドルをカッコいいと思っただけでの悪霊がやってくる。その感情、念のようなものを悪霊が食べて悪の力が増すので、あまり世俗的な事にも関わらないようにしていた。
お陰で見た目は女子高生であるのに、すっかり落ち着き払っていた。黒髪に眼鏡という事もあるが、実年齢よりかなり大人びた雰囲気だった。
ちなみに信仰を深めめ、さらに悪霊が近づけなようにする為、3日ぐらいの短期断食をよくやっており、見た目もスッキリと痩せていた。高校生ぐらいの年代が、ニキビや体重増加で悩まされるものも多いが、直恵は関係がない話だった。
キリストの神様を信仰すると、聖霊という神様の霊をいただける。直恵にもその霊が宿っているわけで、なかなか暴飲暴食もする気になれないのも現状だった。
ちなみに直恵は、悪霊は敏感に感じられるのだが、聖霊についてはよっぽど神経を尖らせないとわからなかった。悪霊は面の皮が厚く、声も大きく図々しいが、聖霊は控えめなのだ。
そんな事を考えていると、担任の橋爪が教室に入ってきてホームルームが始まった。
始業式が始まるまでのショートホームルームだったが、今日は席替えをすると言った。教室に激震が走った。