朝霧桜編(11)
バンギャバージョンの桜は、街中で浮いていた。尾行はしやすかったが、桜は怪しい繁華街に足を踏み入れた。
どうやらライブハウスがあるようだ。桜と似たような格好のバンギャがゾロゾロ歩いていた。全員似たようなロックの悪霊をつけている。これが憑くと口が悪くなるものも多いようで、バンギャ達の言葉遣いはとても悪かった。
「コロナかよ! ふざけんな!」
どうやらライブは、コロナのせいで突然中止になったらしく、バンギャ達が文句を吠えていた。
意外と桜はおとなしかったが、ショックを受けていた。
こんなバンギャだったなんて直恵の方がショックだったが、こっそりと桜の後を追い、声をかけた。
仕方がない。
桜についているロックバンドの悪霊が、中間の自殺の霊と合流し「死ねよ、手首切っちゃえよ」と桜に話しかけていたからだ。
「朝霧さん、本当になんて格好してるの?」
桜の爪をよく見ると、真っ黒に染めていた。細かいところまで、いかにもバンギャでため息が出そうだ。
繁華街で人が多いので、桜の手を引いて道の端による。治安があまりよくないのか、タバコの吸い殻などのゴミも多い。カラスも鳴きながら夜の空に飛んでいる。
このあたりは悪霊を呼ぶ門もガバガバだった。こういった治安の悪い場所も、人間にさまざまなエネルギーが集まり、地域の悪霊を呼び寄せやすいのだ。あとで悠一とこの地域の悪霊も祓いにいかなければと思うが、まずは桜の事を優先しなければ。
「なんで、直恵がここにいるのよ」
「あなたに憑いている悪霊が大騒ぎしてるのよ。このままでは本当に危険!」
直恵が心配しているのが伝わったのか、桜はポロポロと涙を落とす。マスカラが水に弱いものなのか、桜の涙は真っ黒だったが。
「うわーん。なんかわからなくて、死にたくなって」
桜は直恵に泣きつき始めた。この桜の格好はバンギャだが、いるもの姿に戻ったように見えた。普段エクソシストそている直恵の身体に触れているせいか、悪霊もザワザワと居心地悪そうにしていた。
「とりあえず、うちの教会行って悪霊祓っちゃいましょ」
直恵が泣いている桜をなだめながら提案した。桜は泣いて混乱しているようだが、直恵は冷静だった。直恵がかけているメガネが、街頭に光でキラリと反射する。
「あなたの悪霊は、おそらくロックバンドの悪霊。祓う前に確認しておくけど、ああいったロックにハマっていた事を悔い改めて、もう関わらないって言える?」
ちょっと厳しいかとも思ったが、本人が悔い改めなければ悪霊は完全に追い出せない。一時期祓える事はできるが、複数の悪霊を連れて報復して来る事がある。
「そ、それは…。篝火様の音楽を聴けないのは」
「様づけすんな!」
思わず鋭くツッコミを入れる。
「篝火っていうロックバンドの人なのね」
「うん、本当イケメンで」
「悔い改める気はあるのかしら? このロックバンドの悪霊、相当しつこそうよ。自殺や鬱の霊とも連携とってるし、親分のルシファーには相当心酔してるわね。どうする? このまま放っておく?」
泣いていた桜だったが、顔は真っ青になって来た。
とりあえずコンビニでメイク落としを買い、駅のトイレでバンギャバージョンの格好を完全にオフさせて、悠一の教会に連れていく事にした。
「うん、普通にお嬢様バージョンの朝霧さんの方がいいよ……。なんか、ホッとした」
「そっかなー」
元の姿に戻った桜を見て、直恵はホッとした。やっぱりバンギャバージョンの桜は怖い。ただ、除光液はコンビニで売り切れていたので、爪は真っ黒のままだったが。