殴者ボルテッドの来襲
「通り魔暴行事件、ですか?」
ある穏やかな日、冒険者団『浪漫の探求者』の拠点にやってきたのは、街の衛兵さんだった。
「はい。被害者からの聞き取りや、目撃情報によると、球のような形をした人物による犯行である、とのことで……。あなた方『浪漫の探求者』のトレイシーさんに疑いがかかっております」
「えぇ……?」
そんなピンポイントな特徴で疑われることある?
「おれ? やんないよお。おれが『悪漢兵衛』を壊滅させたのは、そういう暴力が駄目だと思うからなんだしさ」
「だよね。わかってるよ、もちろん。でも、そういう前例があるから疑われてるんだけどね? ……衛兵さん、彼は善良な市民です。わたしは、彼ではないと信じてます」
そんなこと言っても意味はないけどね。身内だから、有効な証言にならないだろうし。でも、言わずにはいられない。実際、やってないと思うんだよね。というか、トレイシーは絶対そういうの興味ないと思う。
「まあでも、目撃情報が正しいんなら、球人の誰かがやったんじゃないかな、とは思うよ。おれ以外にも誰か来てるんなら、把握はしとかないとね。捜査に協力させてくんないかな?」
「……被疑者に捜査の詳細な情報を与えることは、規律上禁止されております。なので、ここからは真偽の不明な市民の噂としてお話しします。……もしも真犯人を見つけ、確保することが出来たならば、あなたへの嫌疑も晴れることでしょう」
かなり柔軟な衛兵さんだね。取り敢えず拘束してから話を聞くって衛兵もいるのに。この人は信用してもよさそう。
「ありがとう。その前に、球人に共通する特徴について説明するよ。球人は、ごく一部の例外を除いて、使う獲物をほとんど変えないんだ。おれの場合はダウザー、この短剣だね。もしかしたら、被害者の傷から、下手人を特定できるかもしれない。おれが覚えてるかは別だけど、球人刀剣って、結構それぞれに癖があるんだよ」
「貴重な情報、ありがとうございます。しかし、被害者は全て殴打による打撲傷を受けており、切創の類は見つかっておりません。刀剣以外の獲物を現場で使われているのであれば……どうかしましたか?」
途中まで聞いた時点で、トレイシーは頭を抱えて俯いてしまった。どうしたんだろう。
「……まじかあ。そんな球人、あいつしかいない。……殴者ボルテッド。神出鬼没のはみ出しもの、制御不能の戦闘狂だ」
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「被害者の特徴から、もう犯人はボルテッドだと断定しよう。あいつは、戦闘能力が未知数のやつを見つけては、片っ端から喧嘩を吹っかけて、どっちが強いか白黒はっきりつけるやつなんだよ。……あいつが厄介なのはさ、基本的に二度と同じやつのところにはやって来ないところなんだ」
「なるほど、傍迷惑な……。しかし、二度と来ないというのは、どちらかというと望ましい特性なのでは?」
「被害者の目線なら、そうだね。一度ボコボコにぶん殴られた奴は、それ以降はもう怯える必要はないんだ。でも、あいつは戦闘力を既に把握してるやつとは再戦しない。つまり、おれはもう相手にしてもらえないから、呼び出しようがないんだよね」
トレイシーは既に戦ったことがあるんだね。でも、やっぱりトレイシーは独りで何とかしようとしてるみたい。仲間に頼ろうっていう発想は、最初からないみたいに。水くさいな。
「戦ったことない人のところには来るんなら、たとえばわたしが呼べばいいんじゃない?」
「ええっ!? ……いや、うーん。有効だし、適任だとも思うけど……。どうせそのうち殴られる対象になるんなら、その前に機会を有効に使ったほうがいいのか……?」
なんかすごい悩んでるね。というか、過剰に驚きすぎじゃない? トレイシーも見習いも、わたしのことを何もできないお姫様みたいに認識してるみたいで、ちょっとムカつく。
「ふーんだ。弱くてごめんね。どうせわたしじゃ勝てないって思ってるんでしょ?」
「違うよお、そういうのじゃないんだってえ。ナズナは見たことないから想像つかないだろうけど、あいつめちゃくちゃこわいんだよ。強さはまあ……そこそこの武人くらいのはずだから、万全のナズナなら勝てる可能性は高いけど、できれば無茶はさせたくないんだ」
うー、そうやっておどかそうとするんだから。意固地になっちゃうよ。……もしかして、それが狙い? だとしたら、やっぱりちょっと性格悪いね。
「それでも、やってくれるならお願いしたい。おれが知る中でなら、ナズナは間違いなく適任者だ。……これだけは絶対に憶えておいて。完全に無力化するまでは、絶対に油断しちゃ駄目だよ。あいつは本当に止まらない。最悪捕まえられないなら殺してもいいから」
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街の掲示板に、簡素な果たし状を貼っておく。トレイシーが言うには、わかる形で意思表明さえしていれば、何となく察して飛んでくる…… らしい。だいぶ嘘くさいけど、他に有効な手段もないなら、取り敢えずやってみるしかないよね。
『冒険者ナズナ、殴者ボルテッドに挑むもの。月が天上に至る時、街の広場にて待つ』
昼くらいに貼ったそれには、日が傾く前には、いつの間にか大きく力強い文字で「了」と上書きされていた。誰もその姿は見なかったらしい。日中に人通りが絶えることなんて、まったくないのに。
そして、みんな寝静まった深夜、月が天上に登るころ。月下に球のような形をした人影が現れた。トレイシーのものとは明らかに違う、夜の暗さに爛々と輝く目に、狂気が感じられる。
「……あなたが、殴者ボルテッド?」
「肯定! 俺殴者ァ! 俺ボルテッドォ! 俺を呼んだ、お前が呼んだ! 冒険者ナズナと言ったな! 両者知るならば名乗りもいるまい! 俺は殴るッ! お前も殴るッ! お前が動けなくなれば俺の勝ち! 俺が死んだらお前の勝ちィ! いざいざいざいざ尋常にィ!!」
「えぇ……?」
想像以上に話が通じなさそうだ。球人はトレイシーみたいに理性的な存在なのかと思い込んでた。ふたりしか見てないから、どっちが普通なのかは一旦わかんないけど。
「勝負ゥァァ!!」
「わわっ!?」
弾丸のように飛来したボルテッドの鋭い飛び蹴りを、ギリギリかわす。手には一対のトンファーが握られているけど、使われないようで面食らった。名前は……『蹴磨潰死マッシャー』。わかってたけど一点物だね。レアアイテムがどうとか言ってる場合じゃないや。もちろん、できればほしいけど。
「上等! 否、極上ッ! 俺の渾身の初撃を躱したな! 久々に一方的じゃあないッ! 間抜けどもは反応出来なかったァ! ならば、本気で殴ってヨシッ! 増強!」
手に握られていたはずのトンファーはいつの間にか消えており、代わりにボルテッドの四肢は体感二倍以上に膨れ上がった。いや、怖すぎ。
「何を怖れる! 儚くも強き花ァ! お前もまた武人の一翼であろう!」
「武人? 違うよ! わたしは冒険者!」
「大差あるまい! 大願が為、研鑽以て我道を征きィ! 力及ばずば唯得死ィ! ならば我等は同類よ! 武人の強さは挑めば分かるッ! 安心せよ! 俺はお前を殺しはしないッ! お前は俺を殺せば良いッ!」
一方的に同類扱いしてきている。言わんとしてることも、なんとなくわからなくもないけど、価値観の根底がどうしようもなくズレている感じがする。
「対話は退屈だ! だが……お前がそれを望むのならばッ! 合間合間には聞いてやらんこともないッ! 何か聞きたくばァ! 暫し真剣に闘ってみせよッ! 推参ァ!」
力任せに殴りかかってくる。圧は凄いけど、トレイシーが言ってた通り、確かに練度はそこまで高くないみたい。順当にいけば問題なく勝てるはずだ。このまま丁寧に捌きながら、着実にダメージを与えていこう。
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しばらく戦闘が続いた頃、傷だらけのボルテッドは、満足そうな声で叫んだ。
「天晴! やはりこの世界にも骨のあるものは居たようだ! ナズナァ! 一度お前の話を聞いてやろうッ!」
……体力回復のための時間稼ぎ? ……いや、これはボルテッドの譲歩だろう。本当は話す必要なんてまったくないのに、わたしの都合にも付き合ってくれるつもりなんだ。理性なんてまったくなさそうなのに、すごく律儀だ。
「どうして罪のない人たちを攻撃するの!?」
「不考! 罪とは何だ! 理に与せずとも在るものかッ! 生きる大願に貴賎があるのかッ!」
「したいことがあっても、守らないといけないルールはあるの! そんな身勝手、絶対許さないよ!」
「肯定! それで良いッ! もとより相容れぬものに配慮など不要ッ! 双方譲らぬならば捕食或被食よ!」
……そうか、話が通じるならわかり合えるわけじゃないんだ。たまたま意思疎通ができるだけじゃ、まったく足りない。価値観に共通する部分がないと、話し合いになるわけがなかった。ボルテッドがわたしたちの価値観に配慮しないのと同じように、わたしたちはボルテッドの価値観に配慮できない。
「では闘争を再開しよう! なおも退屈を望むならばァ! 俺の都合にも付き合えッ! ……否、すまんッ! どちらにせよ拒否権はないッ! 疾走ァ!」
「ごめんって思うならもう勘弁してよぉ! ばかぁ!」
ボルテッドは、先程までとまったく変わらない勢いで襲いかかってくる。この程度のダメージなんて、ないのと同じだと言わんばかりに。でも、勢いが変わらないなら対応できる。負ける要素はないだろう。
「どうしてまだ挑んでくるの!? どれだけやっても敵わないって、もうわかるでしょ!?」
「愚問ッ! まだ終わっていないッ! 結果というものはァ! 死力を尽くした果てにのみ在るのだッ! 途上にて止まる理由がどこにあるッ!」
なんなの、この執念。もうボロボロなのに。あと少しで『戦闘不能』のはずなのに。そんなことは微塵も感じさせない、強い気迫が宿っている。まったく理解できない。
「あぁ、もう! 早く倒れてっ!」
「がアァッ!」
脚を狙い、確実に戦えないようにする。流石にこれで『戦闘不能』だ。
「至高! やはり手練なッ! ならば仕方あるまい! 再度退屈の時間だ! ナズナァ! 何か聞きたいことはあるか!」
「どうしたら凶行をやめてくれるの!?」
「把握! 止める道理など無いッ! ……と言いたいところではあるがッ! 実のところ、俺もほんの僅かながら! この行いが良くないのではないかと感じているッ! 溢命陸でやるならまだしもッ!」
うん。マジで帰ってほしい。そっちの常識は知らないけど、元の世界でもしないほうがいいと思う。
「ほんとだよ! 異界で身勝手な真似はつつしんで!」
「正論! だが! 来てしまったからにはァ! せめて一度は負けたいッ! 負けもせずにィ! 大人しく言うことを聞く道理などあるまいッ! ナズナァ! 儚くも強き花ァ! お前がそれを望むならばァ! お前が俺を越えてみせろッ! 奮然ッ!」
「まだやるのぉ!? ほんと勘弁してよぉ!」
状態はしっかり『戦闘不能』なのに、意にも介さずボルテッドは襲いかかってくる。法則なんて知らないとばかりに。勢いは何ら変わらず、脚が動かなくても腕を使えばいいというように。
「何でまだ立ち向かってくるの!? あなた、もう『戦闘不能』でしょ!?」
「否認ッ! 俺はまだ生きているぞッ! 言っただろう! 結果というものはァ! 死力を尽くした果てにのみ在るのだとッ!」
その執念に気圧される。隙をつかれて、腕に鋭い一撃がかすめた。このままじゃ、まずいかもしれない。
「くっ!?」
「照覧! 力の差などッ! 曖昧で不明瞭なものォ! 不撓の覚悟があればッ! あらゆる道理は道を空けるゥア!」
「このっ……! ばか脳筋!」
それなら、残った腕にもさらに一撃を与える。流石にもう動きようがないはずだ。これでまだ起き上がってくるなら、正真正銘の理外の化け物だ。
……そして。
「笑止ッ! それで勝ったつもりかァ!」
全身の傷から黒いもやのようなものを吹き出しながら、もうまともに動けないはずのボルテッドは、とうとう再び立ち上がった。背筋が凍る。負けるはずないのに、勝てる気がしない。……怖い。怖いよ。どうすればいいの?
(ナズナ、怖がらないで。あれはもう、限界を迎えた手負いの獣だ。あいつは別に、不死身の怪物ってわけじゃない。あと少しだ、頑張って!)
トレイシーの声が聞こえる。いまいちど、気持ちを奮い立たせる。呑まれちゃ駄目。ボルテッドの言う通り、結果は死力を尽くした果てに確定するもの。負けるはずがないとしても、勝つまでは結果はまだわからないんだ。だったら、覚悟を決めよう。
「轟然ァァッ!」
「とりゃあぁ!」
ボルテッドの渾身の殴打をかわし、さらに一撃。たとえ相手が理外のものであろうと、勝ちが決まるその瞬間まで、攻撃を続けるだけだ。ボルテッドは全身から黒いものを吹き出し、やっとその場に倒れ伏した。もう立ち上がんないで、ばか。嫌い。
「……あふん。力が抜けまする。まだ負けてはいないものの、動けぬならば勝てる道理もなく」
「もう終わりっ! あなたの負けっ!」
「否認。お前は動けてる、でも俺死んでない。まだ勝負付いてないから」
……いくらなんでも強情すぎない? これ、回復さえしたら、絶対また戦う気じゃん。かといって、言う通りに殺したってまた復活するだけだし。それは、取り逃がすのと大差ない。どうすればいいの?
「いいや。お前の負けだよ、殴者ボルテッド。ここじゃあ、死が終わりじゃないんだ。そんだけしっかりボコボコにされてるなら、死んでなくてもお前の負けさ」
「視。『機動探剣隊』のトレイシー・サークス。成程、お前がそう言うのなら、確かにそうなのかもしれない」
待機していたトレイシーが出てきた。先程までとは打って変わって、やけに素直だ。だったら、最初から話し合いで解決できなかったのかな……。
「言ったでしょ。こいつ、既に戦ったことあるやつとは会わないんだよ。ちゃんと一騎討ちで倒してから出ていかないと逃げてただろうから、最初から同行するのは無理だし、仮に逃げなくても、絶対話なんて聞かないだろうさ」
「肯定。既に知っているものと戦う理由がない。無論、対多数なら即逃げる。そして対話は退屈だ。対話を望むだけなら、俺は行かなかっただろう」
事前の分析は完璧だったんだね。じゃあ、これが最善かぁ。……なんて、納得できるわけないじゃん、ばかぁ。止めるのを振り切ってまで、首を突っ込んだのはわたしだけどさ……。こんな大変だなんて聞いてないもん。ばか。みんな嫌い。
「負けた故、要求は大人しく受け容れよう。しかし、帰り方を知っているわけではないので、どこか遠くに行くくらいしかないやもしれんが」
「安全確保が終わるまでは誰も入るなって言ったろ? まったく……」
「不知。よしんば知っていたとて、俺が従う理由はなかろう」
なんか気になることを言ってる。トレイシーがこの世界に来たのは、わたしが『異界の楔』で呼び出したからだと思っていたけど、実際には全然違うのかもしれない。
「とにかく、後は衛兵さんにお任せします。ボルテッド、抵抗しないでね」
「はい。犯人確保への協力、ありがとうございます。……殴者ボルテッド。通り魔暴行事件の犯人として拘束させてもらうぞ」
「承知。他ならぬナズナの頼みだ。一先ずはお前に従おう。意味があるかは知らんが、拘束でもなんでもするがよい」
拘束に意味なんてないよ、ってことかな。不穏すぎる。
「衛兵さん。おれもついてくよ。身内の不始末だ、ちゃあんと責任取らせるために、色々手伝わせてほしいな」
「ですが……」
「まあまあ。共謀とかは心配しなくていいからさ。口先だけで信用されるわけないし、おれも拘束していいよ。……なあ、ボルテッド。お前、決定が気に入らないからって暴れるのは許さないからな。ここの人たちの強さは知らなくても、おれの方が強いのは知ってるだろ?」
「……不承。折衝はお前に任せよう」
不安すぎる。というか、暴れる気満々だったんじゃん。わたしはちゃんと「抵抗しないで」って言ったのに。
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一夜明けたお昼頃、昨日の衛兵さんがやってきた。トレイシーも一緒だね。取り敢えず一安心って感じ。
「殴者ボルテッドの通り魔暴行事件ですが、ボルテッドは無期限に闘技場にて労役、ということで片付きました。それでは、これにて失礼します」
「そうするしかないよね。まあ、向いてるんじゃないかな。あいつも満足だろうさ。再戦は好まないかもしんないけど、仕事なら仕方ないよね」
……軽く言ってるけど、それめちゃくちゃ重い罰じゃない? まぁ納得してるならいいのかなぁ。わかんない。
「ところで、なんでボルテッドはトレイシーの言うことはちゃんと受けいれたの?」
あれ、今回の騒動で一番不服。納得いく説明をしてくれないなら、トレイシーにやつあたりしちゃうからね。
「ああ。実はさ、ボルテッドに殺しを禁じさせたのはおれなんだよ。お前の身勝手な倫理で、戦いを望まないかもしれない連中をみだりに殺すな、ってさ。死ぬまで負けを認めないからといって、殺すまでは勝ちも認めない、なんて必要はないだろ? それがここの常識と噛み合わないのは、あいつが改めて言い出すまで、おれも気付かなかったよ」
「つまり、トレイシーのせいってこと?」
「違うよお。単に、あいつは自分に勝ったやつの言うことしか聞かないんだ。殺されなかったことに理由があるのを知らなきゃ、あいつは今でも敗北なんて認めてないってことさ。ナズナも、あいつに止めを刺してさえいりゃ、素直に負けを認めさせられただろう。でも、それじゃ事件は解決しない。またいずれ復活して、同じことを繰り返すだけさ。……本当にありがとね、ナズナ。ナズナが頑張ってくれなかったら、この事件は解決できなかった」
……確かに、負けを認めさせたからといって、凶行をやめさせられないなら意味ないもんね。復活しても、ボルテッドはわたしには絶対会いにこないんだろうし、仮に要求自体は聞いてもらえたとしても、人知れずどこかに行くだけなら、解決にならない。最良の結果だった、というのは間違いない。
「ふーんだ。いっぱい頑張ったんだから、何か良いものくれたら嬉しいのになー?」
理屈では納得できるけど、感情は納得いかないもんね。駄々こねちゃうから。
「そうだね。ナズナの好きそうなものを探してみよう。……これなんかどうかな」
そう言ってどこからともなく取り出したのは、『探索者の短剣』に似た意匠の、蒼い刃を持つ片刃の短剣だった。名前は……『息災を祈るもの』?
「要らないものは持ってなかったんじゃないの?」
「もちろん、要らないものなんかじゃないさ。これは、おれの戦友の形見だからね。おいそれとはあげられないけど、正しい願いの為なら惜しくない」
ねだっておいてなんだけど、それって誰かにあげても良いものなの?
「……でも、大事なものなんでしょ?」
「うん。大事だからこそ、ナズナにあげる。込められた想いを引き継いであげて。大丈夫、あいつもきっと、おれの思い出の中にいるだけよりは、一緒に冒険するほうが楽しいだろうさ」
トレイシーがそういうなら、そうなのかな。よろしくね、『息災を祈るもの』。トレイシーから手渡された時、蒼い刃の短剣は嬉しそうに笑ったような気がした。
『蹴磨潰死マッシャー』効果なし
異界からもたらされた棒状の武器。障害を磨り潰しながら邁進する意志の力と、格闘時のバランス感覚を向上させ、特に蹴撃力を増強する力があると信じられている。
『息災を祈るもの』効果:幸運の向上
死地に挑み続ける同朋を案じ続けた者の、願いの結実たる蒼刃短剣。極短時間の未来を観測し、潜む危険を予知することで、致命的な失敗を避けやすくする異能の力がこもっている。