七章 救世の騎士王 其の参
舎人子の根底。それは歪みであり、誰もが体験し得ないモノ。
夜中に目が覚める。
舎人子は惨劇を目にした後から毎日、目を覚ます様になっていた。
習慣に沿って起き上がると横ですやすやと寝ている有紗の顔を眺めた。長い髪の根元は黒いのに先端にいくにつれて美しい青に染まっており、丹精な顔立ちに見惚れてしまう。すると何かを思いついたのか今日は何故かいつもとは違って外に出た。
(この時間、目が覚めるなら少しだけあの世界で自分の体を慣らしとこう)
そう思うと彼女は身支度を少しして外に出た。
秋風が自らの髪を靡かせ、サラサラと短い白髪は宙を舞う。
舎人子は練習するのが好きだった。
どんな事も忘れてそれ一つに力を入れれるものがあるのはかつての記憶を忘れさせてくれる。
故に、彼女にとってのめり込めるものは一つの救いでもあったのだ。
少し夜風に当たりながら周りを散策し、ちょうどいいところでスマートフォンに明かりをつけ、そして、勝手にインストールされていた分岐門に指を添えた。
押されたアプリから端末が突然光り、辺りを照らすと舎人子の姿は現実世界には跡形もなく消し去ってしまう。
*3*
舎人子が目を覚ますとそこには先程と同じ場所に立っていた。本当に別の世界にきたのか疑問になるも、目の前にあった鏡が自分を写さない事を確認し、一人でに叫んだ。
「幻想武装! 」
黒い布が彼女の体を包み込むともう一つの自分へと姿を変える。
黒いマントに黒い大剣。
自らの得物を手に取ろうとするもそれは何故か現れなかった。
舎人子は昨日の武器が現れると思っていたのにも関わらず、その予想は大いに外れる。彼女の体には黒いボディスパッツの様な物に覆われており、昨日とは全く異なる姿に変わっていた。
(あれ? 姿形って変わる物なの? 私だって男になってるはず)
自らの胸に恥じらいもなく手を置くもそこにはしっかりとした膨らみがあり、反転するはずの性別が変わっていおらず、彼女は大いに焦り始める。
(有紗が言ってたのが間違いって事? でも、そんなはずないよ。有紗が間違えた事を伝えるなんて無いし)
不安がよぎり、舎人子は自らの性別が変わらないことを疑問に思いながら鏡面世界を無防備に彷徨うと家の近くの公園に足を運んでいた。
気がつくとそこに無意識的に足が動いており、何かが自分を呼んでいるかの様にも感じる。そんな事はお構いなしにと、人気の無い公園に全身スパッツの様な物に身を包んだ舎人子はため息をつきながら、その場で腰についていた小太刀を手に取り、その得物の練習を始めた。
腰に幾つも付いていた小太刀を両手に握り、動き回る。舎人子は昨日持った大剣とは全く違う武器であったが、何故かそれは自分の手にしっかりと馴染むのを感じた。
右、左、蹴りを交えて、小太刀を振るう。大剣とは全く違う動きにも関わらず、彼女の動きは徐々に最適化され、昔使っていたかの様に無駄のない洗練された物になっていく。
(実戦がしたいな。まぁ、でも、夜だし誰がいる訳でも無いだろうから大人しく今日は武器の使い方をマスターするだけにしとこう)
そんな事を考えながら目の前にあった木を軽く切り裂くと十字の形で傷をつけた。次の瞬間、木の上からどちゃりと言う音を立て、真っ赤な何かが姿を現す。
それは何であるか全く検討がつか無いが彼女が決して触れるべきでは無い物であった。
しかし、舎人子は何が落ちたのか分からず、赤い物体がなんであるかを無視しようとしたが女子高生なら興味を持つのではと無理矢理思い込み、恐る恐る近づく事にした。
一歩、二歩。
近づく毎に何故か幼い日の思い出が脳裏を過ぎる。
そんな中、何かの目の前に彼女は立った。
傷つけた木の上を眺めるとそこには手がだらりと落ちてきた。腕だけがぼとりと彼女を手招きするかの様に落ちてくると生命としての情報を一切感じさせない、肉塊が姿を現す。
腕から滴る血は止めどなく流れて行き、舎人子の足元に広がった。
赤い血、それまさしく鮮血。
それが人の血であることを彼女は一瞬にして理解すると月の光に照らされた、赤く、紅く、赫い血は彼女の脳裏にドス黒い衝動を走らせた。
見てしまった鮮血に彼女の心と体が乖離する。
かつて、両親の死体を見て覚えた感情。
ある男が教えてくれた知ってはいけない色。
覚えてはいけなかった赤と黒が織り混ざる衝動。
「綺麗」
思ってもいない言葉がポツリと自然に出てしまう。
だが、彼女はその場から離れる事なく腕とその鮮血こら産まれた池を囚われた様に眺め続けた。
「おい、お前何してんだ? 」
その声が聞こえた途端、先程まで奪われていた意識が急に体の主導権を取り戻し、急いで武器を構えて声の方向を向く。そこにはジャージを着た金髪の少女が両腕を組みながら立っており、舎人子を睨みつけていた。
彼女の目には腕と全身黒いスパッツの様なモノに身を包んだ女が写っており、警戒は最高潮に達し、再び口を開く。
「問いに答えろ。何をしてんだ? その腕は一体何だ? 」
舎人子は黙りを決め込もうとするも彼女の視線の圧に負け、応えることにした。
「特訓。ここでの戦闘に慣れときたくて」
「その腕は? 」
舎人子の精一杯の答えに対し金髪の少女は息を吐く間も無く質問する。舎人子も彼女に嘘をついても無駄だと思い、再び声を上げた。
「知らない。そこの木から急に落ちてきた」
お互いに互いの両目を見つめ合い、相手の出方を伺うと金髪の少女がため息をつく。
「そうか、なら死ね。異常者は消しとくに限るからな」
少女がその一言を述べた途端、舎人子は全力で彼女との距離を詰め、攻撃を放った。本能的に敵と理解した舎人子は頭で理解するよりも早く体を動かしていた。先程、少女が彼女を質問で追い詰めた様に一瞬で、反撃の隙を与える事なく、二つの小太刀の刃は的確に彼女の首元へと放たれる。
「幻想武装」
少女はそんな中、ゆっくりと実に余裕の表情を浮かべながら短くその言葉を紡いだ。
あと一歩のところまで迫っていた首元の刃は金色の布に弾かれるとそれを突き破り、先程とは全く別の格好をした少女が舎人子目掛けて斧を放つ。
二振の巨斧を手に獣の皮をマントの様にした姿は北欧の狂戦士の如き格好で、小柄な体格とはそぐわない武器を迷うことなく力一杯振った。
唐突の敵対であるものの彼らは迷う事なく、得物を振るい、公園の中で互いの刃をぶつけ、火花を散らす。
舎人子は斧に対して小太刀で対応するのにも関わらず、その力強さでそれを弾き返し、連鎖的攻撃を繋げ、対応した。少し前に始めて使った武器であるのに舎人子はそれが体に馴染んだかの様に振るい、少女の首を全力で取ろうとする。
しかし、少女は身に迫る危険に一切動じることなく舎人子の猛攻を捌いた。寧ろ余裕の表情を浮かべながら死が目の前を過ぎることを楽しんでいるかの様ですらある。
「ふん、なかなかやるじゃん。ただの異常者かと思いきや殺人で得た技術を応用しているのか? 」
少女の余裕を感じさせる一言は舎人子の戦闘へのボルテージを一段階上げさせ、攻撃は更に過激になっていく。
小太刀の速度はより鋭利に、突きは尖り、斬撃は深く。幾星霜を重ねる毎に舎人子の集中は最大値に達するとほんの一瞬、見えた隙とも言えぬ、針の穴を彼女は通し、小太刀を投げた。
一つの小太刀の投擲は余裕があると錯覚させられていた少女の頬を横切り、ほんの少しだけ血が滴り落ちる。少女は頬から滴れる血を手で拭い、紅く汚れた手を見つめると怒りと笑いが込み上げてきて彼女は自ら赤い衝動に身を委ねた。
意識が染まり、紅く目の前を染め上げる。
燃える様な殺意は彼女の因果を調律し、金髪の美しい長髪に赤黒い何かが混ざり初めている様に見えた。
「いいね、最高だ」
少女は無意識にポツリと一言そうもらすと巨斧を回し、舎人子を遠ざけると笑いながらその並行世界に眠る因果を魔術言語を用いて繋げる。
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