六章 救世の騎士王 其の弐
物語は動き出す。
死が齎す色は未来への一歩か、災禍の幕開けか。
どうしてこうなってしまったのであろうか。
有紗はそんな事を思いながら無理矢理服を脱がされ、巨大な風呂場に入れられた。
「ちゃんとお風呂綺麗にしてるから安心して入って〜。私も脱いだら行く〜」
夜空が見える露天風呂は二人で入るには広すぎる。
有紗は唐突に連れてこられた風呂の大きさに驚きが隠せなかった。
「ちゃんと体洗って入るんだよ」
「いや、リコ、これは聞いてない。え、何この露天風呂? 大きな家とは思ったけどなんでこんなのがあるの? 」
「お婆ちゃんが生きてた時に旅館やってたんだよ。だから、たまに人が来たらここを開けるの。あ、ちゃんと綺麗だよ。お婆ちゃんの友達が勝手に入って綺麗にしてくれてるし、私も手が空いたらしてるし」
舎人子は一人でに体を洗い始めると未だに呆気に取られていた有紗の手を無理矢理掴み彼女の体を洗い始める。
「ちょ、ちょ待ってリコ!? 私自分で洗えるから! ね?! 」
しかし、舎人子は止まらない。
有紗の体の至る所に泡をつけ、そこを擦り、有紗はされるがままにされ、ペットの体を洗う様な勢いで全身を隈なく綺麗にする。
そこに一切の躊躇はなく、寧ろ、舎人子はそれを楽しんでるかの様であり、隅々まで洗われた有紗はぐったりとなっていた。舎人子の容赦の無さに少しばかり恐怖を覚えるも有紗はゆっくりと口を開く。
「リコ、なんでえ、とまってくれなかったの」
「有紗が身悶えてた姿が可愛かったから興が乗っちゃった」
ぐったりとしている有紗の横目に舎人子は淡々と自分の体を洗って行く。そして、それが終えた後、未だに立ち上がれない有紗に肩を貸して共に露天風呂に浸かった。
水面に月と星が映っていたが二人が入った途端、それが揺れ、それら二つは溶け合いながら再び元の姿へ戻って行く。
大きな露天風呂に二人。
有紗はとりあえず浸かった場所で体をぐいっと伸ばすとその風呂の大きさに圧倒されつつも気持ち良さそうな口調で舎人子に喋りかけた。
「リコはさ、何で私と仲良くするの? 中学の頃からの友達だけどリコはもっと普通の人と仲良くすればいいのに」
「?? 有紗は普通だよ。後、私は皆んなと仲良くしてるんだけど」
「リコ、それはない。私はまぁ、ぶっちゃけ普通って感じじゃないし。なんなら、リコは皆んなと仲良くはしてないかな、正直に言うと」
舎人子は有紗の言葉を聞くとショックで顔が固まってしまうと何とか立て直そうと素早く抵抗する。
「いや、してる。だって、アーチェリー部ではきさくな先輩で通ってるもん」
「荒波先輩と仲良いだけでしょー。他の人とは話もしてないじゃん」
「うっ、何でその事を」
自分の嘘がすぐにバレてしまい戸惑うとそれを見た有紗はニマニマしながら彼女を追い詰める。
「私はリコの事なら何でも知ってるからねー。さっきの仕返し」
「意地悪」
こうして二人はゆったりと時間を過ごし、小一時間程お風呂に浸かった後、そこから出て行くと有紗は舎人子の部屋で髪を乾かしていた。
「ねえ、有紗」
「何? リコ〜」
有紗は舎人子に髪を乾かしてもらっているとドライヤーの大きな音でボソボソとしか聞こえない声で問いかけてきた。
「有紗は何でこの戦いに参加したの? 」
「うっ、まぁ、それ聞くよね。うん、そりゃ協力してもらってんなら尚更か」
舎人子はカチカチとドライヤーの温度を変え、髪を乾かすと綺麗な青い髪に見惚れながら有紗の反応を待っている。そして、有紗は自分の髪を乾かし終えてもらった後、舎人子の髪を乾かしながらそれに答えた。
「私、幼い頃にお父さんを亡くしちゃっててね。リコのがすごい事件に巻き込まれてるからリコの方が両親に会いたいって感じると思うんだけど。私はお父さんの死を変えたい。私のエゴで私はみんなの願いを壊す。だけど、死んではほしくないから皆んなに降伏を願ってる。救世の騎士王なんて言われてたけど私はとんでもないエゴイストで自分勝手な願いで他の人の願いを壊そうとしてるの。リコも何かあるから参加したんじゃないの? このゲームに」
自分の髪を乾かしてもらいながらその話を聞いていた舎人子は自分の両親の事を考えた。しかし、それは赤く染まった記憶に埋め尽くされ、再び自分の頭に赫い衝動が駆け巡る。
頭が自分のものじゃ無くなる様な感覚に陥るも彼女は後ろにいた自分の髪を乾かしてくれる有紗の事を思うと徐々に自分の頭の他人が消えて行き、落ち着いていった。そして、彼女の質問の問いにゆっくりと口を開く。
「私は別に両親に会いたいなんて思ってないよ。だって、会っても何を話せばいいか分からないし、あの時のショックで髪が真っ白になっちゃったから正直、舎人子なのかすらわからないかも知らないし。ただ、唯一の私の願いは有紗がずっと私の隣にいてくれる事かな」
「リコ…。やっぱり、私、リコが好き。大好きだよ〜。もう〜、うい奴めー」
有紗はそう言うと舎人子の背中に抱きつき、彼女は笑いながらそれを受け入れる。
そうして、彼女らは共に眠りにつくと大きな屋敷に二人の寝息だけが静かに聞こえてきた。
*3*
夜が更け世界が寝静まろうとも鏡面世界ではその静けさとは限りなく遠い存在である。
少年は泣いていた。
それは直面した相手が死そのものであり、自らにそれが迫っている事に涙を流してしまう。
ディヴィジョンが開始して一ヶ月の間、誰一人抜ける事なく、よく言えば誰も死んでいない、悪く言えば停滞を意味していた。
しかし、今夜は違う。
一人の少年が鏡面世界で誰よりも死の近くにいる。
バケモノの様な影が大きく伸び、彼の事を探していると近くに居るのを知っていたそれの持ち主は声を上げた。
「少年、私は君の事が好きだ、大好きだ。だからね、君がこのゲームの最初の犠牲者になるのが相応しいと思っている。君の意見を聞きたい? どうだい? 私のために死んでくれないかい? 」
理不尽極まれないその言葉にも関わらず、少年は声の持ち主に歯向かうという考えが一ミリも湧かない。
「YES or NO。答えがないなら残念だ。YESなら細切れ、NOなら八つ裂き。君が生きたという痕跡を残さない様に殺したら君が死んだと言うことで物語は動き出すんだ。君の死は実に大きく尊い犠牲となるんだ! さぁ、少年、沈黙は禁だ。速く答えたまえ」
その瞬間、覚悟を決めた少年がそれに向かい己の武器を片手に走り出した。生へなんとかしがみつこうと少年は足掻く。
それを見ながらそれはワクワクした表情で彼が向かって来るのをその大きな手を広げて向かい入れる。走り出した少年は自らの武器である片腕ずつ携えた剣を使い、バケモノから逃れようと振るった。
一筋の光を掴むため。
自分の夢を叶えるため。
自分の母親の苦労をなくすため。
少年は無我夢中に剣を振るう。
しかし、敵対する者の大きな腕には一切届かず、右腕が先ずポキリと音を立てると無くなっていた。
痛みはある。
鏡面世界であってもそれは明確に痛みを感じ、この世界での死は彼方の世界でも同じく死を意味する。
少年は泣きじゃくりながらもう片方も振り下ろし、それと同時にもう片腕も外れていた。
両腕が落とされた少年は泣きながらそれに懇願する。
死にたくない、死にたくない。
助けて、助けて。
それらを聞きながらそれは涙を流し、少年の話を聞き受けると彼の体にそのパキリ落とした右腕を容赦なく突き刺した。
それは恐怖に染まった少年の表情を見ながら彼の残した色から己の悦を満たす。
「いい、いい、実にいい色だ、私好みの色だ。だが、足りない。あの時、彼女が見せてくれた彼女の中にあった二つの色。あれが見たいんだ。君は一つで真っ青だ。私が両親を殺した所を見せて美しいと言った少女。名は知らないが私の半身。あゝ、どこにいるのだろう」
その独り言を間に少年はディヴィジョンから唯一逃げれる場所へと駆け出した。少年は後ろを見ながら無我夢中で走り、そして、彼の首は闇夜に飛んだ。
死を理解する前に自分が逃げる体だけが走っており、首は死の手の元にポトリと収まった。
蜻蛉が首を切られても動く様に彼の体も自分が死んだ事に気づかず走る。しかし、それもまた思考する為の脳が無くなり、自分一人で生きる方向を決める事が出来ず、少ししてそれはボテリと言う重たいと音共に肉塊へと変わった。
「あはは、いい色だ。君の死の色はそんな色なんだね! はぁ、ため息吐くぐらいに美しい。少年、君の死は今から起きる災禍の始まりだ。私に見せてくれたその色はいずれ誰かの始まりの変化へと成るだろう。始めよう、ディヴィジョン、本当の幕開けを」
*3*
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