四章 普通を装う女子高生 其の肆
鏡面に眠る己を解き放て。
「おまえ、おれに啖呵を切ったなあ? 良いだろ、殺してやる、グチャグチャに原型を留めないくらいに」
獣は少し落ち着いたのか中の女の声が混ざり合いながら喋っていると唐突に彼らの目の前に先程狭間であったユグドラが現れた。
「なっ、管理者。どおしてここに? 」
あまりに突然の出来事に獣は戸惑うとそれ見て薄らと笑みを零し、ユグドラは口を開く。
「プレイヤーの参加を宣言しに来た。鏑木舎人子のディヴィジョン参加を承認。乾、お前がこいつをイレギュラーと言ったのは正しい。だが、今からこいつはプレイヤーだ。なら、意味は分かるだろ。自由に殺せ」
その一言を残し、ユグドラは再び姿を消した。
そして、舎人子は彼の言葉に驚くも、逆にその言葉を聞いた獣はニヤリと笑い再び声を上げる。
「なぁ、舎人子。お前、あいつに嫌われてんのな。何した? 気になるがお前はここで死ぬ。死ぬしか無い運命だ。だから、死ね。惨たらしく惨めに死ね」
舎人子に向けられた殺意は特上の物であり、それを受けた彼は圧倒される。だが、その殺意に何故か心が躍る自分もいた。
(とりあえず、どうやってこの状況を打開する? 逃げる? でも、あんなの背中向けたら殺されるのが確実だし。考えても無駄そうだし、うん、なら、走ろう。さっきのは前言撤回。走れ)
思い切った瞬間に彼の体は動き出す。
だが、それは背を向け逃げるのではなく、獣の方へと走り出していた。
予想外の走りに獣は虚を突かれ、驚くもすぐに鋭く尖った槍の先端を向かいくる彼に容赦無く放つ。
しかし、舎人子はそれを100%の集中度で見ながら先程見た動きと照らし合わせ、自分の体に襲いかかる槍をギリギリの所で避けた。
それは一般の人間では捉えられない程の速度の突きであり、瞬間的にはマッハに及ぶものである。それを舎人子は生身の体で避けた。
獣は動揺する。
何も持たない者が自分の技を避けた事に。
獣は怒る。
何も持たない者に自分の技を避けられた事に。
だが、舎人子はそれをお構い無しにと後ろを見ずに全速力で走る。
彼が向かった先は一つ。
それは有紗の下であった。
何も知らない状態であれとやるのは危険と感じ、舎人子は全速力で階段を登る。獣は何故か追ってこず、それを良しとし3階に到着すると有紗が吹き飛ばされた教室のドアを思いっきり力を込めて開けた。
しかし、そこには有紗は居らず、獣が先回りして目の前に待ち構えており、彼女の姿を見た途端、舎人子は再び踵を返すもそれに向けて憎しみを込めて短く呟く。
「命追暴食乃槍」
先程とは全く違う形の槍となりそれは背を向けた舎人子の心臓に吸い付くように飛んで行った。
「花乃魔術師! 」
獣が放った槍は校舎の壁を貫き、穴を開ける。
だが、彼女は気づいていた。
彼らにその槍が当たっていないことに。
獣はそこにいない事を理解するとドアを槍で突き破り、彼らを見つける為に廊下を駆け回り始めた。
そんな中、有紗は腹に空いた穴から流れる血をなんとか抑えて舎人子を抱き抱えながら屋上に逃げていた。見通しの良いそこは校舎四階の上であり、辺りがよく見えるもそんな事は今はどうでもよく舎人子は有紗の体を心配する。
「ごめん、有紗。私のせいでこんな事に」
申し訳なさそうに頭を下げる舎人子を見ながら彼は少し微笑むと傷口を開かない様にゆっくりと声を上げた。
「リコが悪いんじゃないよ。私が彼女の、いや、乾の実力を見誤っただけ。でも、何でゲームに参加しちゃったの。私を助けようとしてくれたのはとっても嬉しいの。でも、私は私なりの目的があってこのゲームに参加してる。これから私とリコは敵になるかも知れないんだよ? それなのにどうして? 」
彼の言葉に優しさを感じ、自らの脳裏に過ぎる赤い衝動がほんの少し抑えられると彼の為にそれを伏せもう一つの思いを伝える。
「私が有紗が危険な目にあってるのを見たくないから。私があなたを守りたいの。だって友達を大事にするのが普通の女子高校生でしょ? それなら私は友達のために命を張れる」
有紗の目を見ながらそう言うと彼は少し照れながら口を開いた。
「その姿で言うのは少しズルだと思う」
「そう言えば有紗は男の子みたくなってるけど私って今どうなの?」
舎人子はまだ自分の姿に気付いておらず、それを聞いた有紗は自らの剣を鏡の様に使い、彼の姿を写した。
自分の姿を見ると舎人子は驚愕する。
誰かに自らの髪が真っ黒に染められ、顔自体はあまり変化はないが顔の彫りが深くなっており、スカートの下にいつもよりガッシリとした太腿確認すると正しく自分が男になっていた事に驚きを隠せなかった。
「う、嘘。これ私? 」
「リコ、結構イケメンじゃん。いいなー。私もそんな顔になりたかった。でも、髪が真っ黒になるってそうそう見ないよ。他のみんなもそうはなってなかったし」
「え、そうなの私ってやっぱり普通じゃないのかな」
その言葉を聞くと有紗は先程よりも辛そうな表情ではなくほんの少しばかり余裕が出来た様な顔でそれに応えた。
「いいんじゃないかな、私は今のリコもいつものリコも大好きだからさ」
舎人子はそれを聞くと嬉しそうに微笑んだ。
しかし、そんな束の間の平穏を彼らを追っていた獣が食い破る。
「こんな所にいたか? 英雄型の能力ってのは自由度が高くて羨ましいな」
少女は先程までの獰猛さは無いものの殺意は増す一方で彼らに刃の先を向け、再び口を開く。
「まぁ、いいや。イレギュラー野郎と救世の騎士王を殺れたら万々歳だろ」
言い終わると同時に槍を携えながら少女は突進し、それは舎人子と有紗を捉えており、迷いなく向かってくる。
それを見ながら有紗は舎人子の肩を掴み、ある事を伝えた。
「幻想武装って叫んで」
有紗の刹那の囁きを一瞬で捉えた舎人子は彼を信頼し、その聞こえた魔術言語を大きな声で彼が言った言葉を叫ぶ。
「幻想武装! 」
獣は止まらず突撃し、前にいた舎人子の胸を貫く直前、彼の体を黒い布の様なモノが包んでいく。
そして、体に黒い服を纏いモヤを立てながらそれは襲い掛かる獣を鈍器の様なモノで吹き飛ばした。
大剣と呼ぶに相応しい程のモノを携え、右肩に黒いマントを羽織りながらそれは姿を現すと吹き飛ばされた少女はすぐに立ち上がり、それを見た舎人子が得物の先を向けて声を上げる。
「ようやく勝負って所かな? 」
「勝負にもならねえよ」
黒いスーツに身を包んだ舎人子は自らの体に駆け巡る力に興奮し、かつてない程全身にアドレナリンが伝わるのをマジマジと感じ取りながら嬉しそうに大剣を握る。
それを見ながら乾と呼ばれた少女は武装した舎人子を殺すのは簡単と感じ、一瞬で決着を付けようと再び彼に向かい走り出した。
「死ね」
その一言と共に放たれた槍は彼の胸に一直線に向かって行く。しかし、舎人子はそれを見ながら当たる直前まで動かなかった。
刹那の攻防にて極限までの不動は敗北を意味する。
乾は彼の顔に槍が刺さる未来を確信すると槍に更に力を加えて解き放った。
舎人子の顔に刺さる直前。
その直前にて彼はその土壇場で動いた。
ほんの数センチ。
顔を動かすだけ。
だが、その数センチを狙っていたのかの様に槍は彼の頬を少し擦り、その瞬間、両手で持たなければ動かす事が出来ない大剣を片腕のみの筋肉で振るう。
どすりという重い音共にそれは乾の手からいや、腕からそれは転げ落ちた。
片腕の獣は更に腕を無くし、両腕が消えた事を確認すると唐突に腕に痛みが走り回る。
何が起きたのか分からない。
しかし、それは自分の腕を切り落とす直前の舎人子の顔が何故かフラッシュバックした。
(笑ってた。微笑んでた。あいつこうなる事を見越して。その罠にハマった俺を見ながら悦に、快楽に溺れてた)
乾は両腕を失くすと目の前に大剣が突き刺さられた。
「あんたは有紗を傷つけた。なら、死んでもいいよね。私は今は男の体だけど心は女子高校生だから。友達傷つけられたら容赦はしないよ」
それは純粋なまでの殺意。
獣は自分が一番自由にこの戦いに参加していたと思っていた。
しかし、今その思いは潰された。
手綱を握られていない本当の獣は目の前にいた事を理解し、今まで感じていなかったモノが脳裏を過ぎる。
恐怖。
それは死への。
それはブレーキの無い獣への。
それは鏑木舎人子への。
殺される。
常に狩る側に立とうとした自分が殺される。
それを獣であるが故に本能的に感じ取った途端、乾は逃げ出した。
「逃がさない」
舎人子は逃げ出す背中に大剣を投げようと準備すると有紗がそれを止めるために彼の背中に抱きついた。
「止めて! リコ! ダメだよ! 」
「どうして?アイツは有紗を殺そうとしたんだよ。それなのになんで? 」
「でも、殺すのはダメ。私はこのゲームで人を殺さないで勝利したいの。争う事だって、血を流す事だって自分が傷つく事だってある。でも、それは誰かが死ぬよりはいい。だから、お願いリコ」
有紗の言葉を聞くと徐々に冷静になって行き、自分が何かに支配された様な感覚に陥る。そして、少しして冷静になった舎人子はその場にヘタリと座り込んだ。
「ごめん、有紗、私が間違ってた」
「いいの。私のために怒ってくれたのは分かってるから。リコはやっぱり優しいね。遅くなっちゃったけど帰ろう。今日は多分これ以上は誰も動かない。それにリコに色々教えないといけないから」
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