三十二章 トネリコ・イン・ミラーワールド 其の肆
並行世界。
数ある世界の私と自分。
互いに同じであるならば、一人の親友を救うために、命を燃やせ。
突き刺さるはずのナイフが止まっていた。
いや、突き刺そうとしたはずのナイフが弾かれていたと言うべきであり、それは有紗の影の中から姿を現した。
「有紗に何しようとしてんの? 」
そう言うと影は横縞王子の体、目掛けて、その手に握る大剣を振るう。
大剣が腕に打つかると同時に、王子は吹き飛ばされ、彼は有紗を守る様に立った。
「待たせちゃった、有紗」
鏑木舎人子は以前と変わらずの笑顔を溢すと有紗は脳の処理が追いつけず、ただ、感情のまま泣き出した。
「え、え?!ご、ごめん、有紗」
戸惑う舎人子であったがすぐに自分に向けられた殺意に気づくと吹き飛ばした方向へと視線を向ける。両腕が切り裂かれているにも関わらず、それから発せられる純粋なまでの殺意に臆する事なく、舎人子は見つめた。
「痛い、痛い、痛いじゃ無いか!こんなことをするのは君か!いや、君しかいないか!ふふふ、あはははは!ようやく、ようやく会えたね!舎人子! 」
その一言を後に、王子の首は弾け飛んだ。
大剣を考える事なく振るい、その邪悪を直ちに滅そうとする合理的な行動。
「まだ、喋ってる途中なのに! 」
そう言うと自らの因果にある死を断ち切り、復活すると同時に舎人子の因果の一つを切った。
舎人子の肩に切り傷が生まれるもそれを気にする事なく、彼は再び大剣を振るう。
三度、首が宙に放たれ、サッカーボールの様に吹き飛ばされた。
「容赦ないな!もう! 」
怒ったような口調であるものの王子はようやく出会えた自分と同じ色を持つ舎人子に恋焦がれていた。
「気持ち悪いんだけど」
そんな感情を向けられる彼は逆に冷静に、淡々と王子目掛けて自らが持つ大剣を振るい、その邪悪をなるべく早く滅しようと動いていた。
幾度も死を否定し、幾度も死を迎える。
一方的な攻撃であるにも関わらず、王子は気にする事なく、防ぐことすらしなかった。
むしろ、気持ちよく、心地よく、小刻みよく、受けていた。しかし、王子は不満があった。その不満、その訳は、簡単に明かされており、受ける攻撃に舎人子の漆黒が載っていないことが明白にわかりきっていることである。
(うーん、受けてたら少しは露わになると思ってたんだけどなー、残念だ。彼を傷つけるのは気が向かないけどしょうがない!死ぬギリギリを与えますか! )
王子はバラバラになっていたから体を動かし、両腕をつけると首だけになっていた口から声を発する。
「縦縞宿儺」
もう一人の自分が舎人子の体に見える因果を切る。首元から血を、足の腱を、左腕を、それらの部位に切り傷を生んだ。
王子を切り裂こうとする舎人子は一瞬にして、傷だらけになるも彼は止まることなく大剣を振るった。
大剣を振るった腕はぼたりと落ち、首と足からポタポタと血が地面に滴る。
顔を半分にされた王子は横に広がる死の線を切り、一瞬にしてバラバラになっていた体が一つとなっていた。
「うーん?どうしたんだい?かつて同じ狂気を見て、語り合った仲じゃないか!それなのになんだいその腑抜けた色は? 」
王子はそう言うと舎人子が漆黒に呑まれるのを待った。呑まれなければ自分が見たい本来の舎人子が現れないと思っており、それが出来なければ殺すしかないとすら考えていた。
そんな中、舎人子は自らの体の死が近づいているのを理解しているにも関わらず、落ち着いており、武器をもう片方の手で握りしめて王子目掛け、投げつける。
大剣が投げつけられ、王子の体に突き刺さるとその勢いで彼女は壁に打ち付けられた。そして、それと同時に、舎人子が口を開く。
「接続、万華鏡幻影行進曲」
影が広がり、声の主人を包み込むとそこから舎人子ではなく、他の小太刀を持った少女が姿を現した。
大剣に打ち付けられた王子目掛けて小太刀を突き立てると彼女の首が地面に転げ落ちた。
転げ落ちた首だけの王子はその少女が誰であるか理解していた。目で見れば分かる、その感情の色が彼である事を裏付けており、理屈よりも、面白さを求めて王子は自らの死の因果を切ると手に握るナイフでその少女が持つ小太刀にぶつけた。
「君!舎人子かい?! 」
少女は無言を貫き、ナイフと小太刀が火花を散らす。
最中の攻防、王子は再び不可視の領域にて、その少女の因果を切り裂いた。
両腕、両足が切り裂かれ、急に支えがなくなった少女の体が宙に浮くと王子はそれを笑いながらボールで遊ぶ様に蹴り上げた。
少女は血を吐くと再び彼女の体を影が包み、再び見知らぬ男が現れた。
手には槍を携えており、それを振り回しながら王子の体を貫くと影を操作し、先ほど自分が食らったものと同様に彼女の両腕、両足を削ぎ落とす。
自分だけが否定出来る他人の生死と自らの生死。
それを否定してくる、一人の存在。
王子はその自分に迫る存在に、笑わずにはいられなかった。
いや、彼女は気づいていなかったのかもしれない。
存在が自分に迫り、本当の死を与える恐怖の様なモノと言う事を。
槍を携えた男は首を切り裂き明確な死を与えた。
すぐに、影が包み込み双剣を携えた女が現れると同時に体を半分にした。
すぐに、影が包み込み銃を携えた男が現れると攻撃を受ける前に引き金を引くも、両目を抉られ、両腕をもがれた。
すぐに、影が包み込み大剣を携えた少女が現れると武器を振るうも両足を切り裂かれ、その一撃は空を切った。
すぐに、影が包み込み斧を携えた少年が現れると心臓を貫かれるもの怯む事なく、王子の体に斧を投げつけた。
幾星霜、幾星霜。
辺は血に溢れるも死体は在らず、三人の生者のみ。
舎人子と王子の幾度もなく行われた殺陣は、2999回にも及び、最後に、大剣を携えた男の頭が半分に切り裂かれると彼は立ち上がらなくなった。
殺した。
かつてない疲労と熱。
沸騰する様な感覚から来る勝利の優劣から王子は思わず叫んでしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!!やっとか!やっとかぁ!!!ようやく!ようやく死んだ!死んでくれた!舎人子ォォ!よくもまぁ、ここまで生きた生き抜いた。最後の最後まで、見せなかった、見せてくれなかったのが残念だよ」
そして、すぐに舎人子の死体に背を向け、最後に残った生者の方へと足を運ぶ。有紗はそれを見て、全てを悟ったのか抵抗する素振りを見せず、その殺人鬼が自らに近づくのを待った。
「万華鏡幻影行進曲・終演」
背後からその一言が放たれ、王子は踵を返し、声の方向に目を向ける。
次の瞬間、彼女の額に一本の矢が刺さった。
目線の先には白い髪の写身ではない、舎人子が影で生み出した弓具を握りしめていた。
「矢如きで!私が死ぬと思うなヨォ! 」
瞬時に死を否定し、王子はそう言うと舎人子との距離を詰め、自らの持つ刃物を彼女の体に突き刺そうとした。
パチリ。
舎人子が指を鳴らす。
それと同時、寸分違ぬ瞬間、 不可視の領域に潜むもう一人の王子の心臓を刃物の様なモノが貫いた。
ナイフは舎人子の体を貫くも王子はその場から動かなくなり、口から血を吐く。
「どう、して、あいつを、殺せたんだ」
そう一言残し、ばたりとそれは倒れ込み、ナイフが舎人子の体により深く突き刺さると彼女は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
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