三十章 トネリコ・イン・ミラーワールド 其の弐
狂える殺人鬼。
怒る美食家。
立ち向かう騎士王。
***
有紗は授業に参加せず、喫茶店に一人、ぼうとしながら座っていた。誰一人、自分に残った人はおらず、珈琲の香りだけが頭を巡る様々なことを整理させてくれる。
そんな中、自分が頼んだものではない、誰が頼んだか分からない珈琲の香りに、彼女はほんの少しだけ救われていた。少しして、スマートフォンのバイブ音が鳴った。
「え? 」
有紗は思わず声が出てしまった。自分の連絡先など伝えてもいなかったのにある一人の男から連絡が来ていた。
そのメッセージの主はイグザ。
先程、殺すと宣言された者からであり、殺意を向けられたばかりである。
それなのに送られてきたメッセージにはこう記してあった。
「とある殺人鬼を殺す。嫌なら、連絡を返すな」
急に送られてきたとしては物騒であるもののそれが何を示しているのか大体理解しており、有紗はため息を吐くも、少ししてそのメッセージに応えた。
「わかった」
***
「作戦よりもガサツだし、こっちが巻き込まれて死ぬところだった! 」
有紗はキレていた。
イグザが本来の作戦よりも早く動き、自分すら巻き込んで攻撃してきたことに怒りを向ける。
「怒るな、そいつのヤバさを感じたら作戦よりも早く動かざる得なかった。この男、ハッキリ言って最悪だ。こんなヤツがこの町に住っていたという事実だけでも吐き気がする」
イグザはそう言うと自分の斧で半分にされた殺人鬼、横縞王子の死体に目をやった。
死体上半身と下半身で分かれており、その分目から腸と脊髄が溢れていた。
紛れもない、死。
それがイグザの感想であり、この邪悪から感じた凶々しい狂気に冒された自分に少しばかりの苛立ちを覚えた。
だが、プレイヤーは三人となり、有紗を殺せば、自分がこのゲームの勝者になると思い、すぐに死体から目を背けた。
「これで邪魔者は居なくなった。新卓有紗、こっから最後の戦いだ、覚悟しろ」
イグザの目にはもう有紗のみが写っており、その視線に有紗は応えようと武器を握る力を強めた。
「二人とも、いい殺意だね!それこそやりがいがあるってもんさ! 」
イグザの背後から声がした。
一度聞いたのみであったが、その声の主人を、彼らは知っている。
上半身のみを手で上げて、血を吐きながらそれは彼らを見ていた。
邪悪なそれにイグザは恐れることなく斧を投げた。
一瞬の判断が自分の死に直結すると理解しており、判断の一才を直感に任せ動く。
「スープ!」
縮小された斧が放たれ、その瞬間にもう一度声を出した。
「魚!」
斧は主人に応え、巨大化する。
先程同様の動きであるものの、イグザの必殺の型であり、大抵の敵をこの技で圧倒してきた。
上半身だけであった王子はそれをつまらなそうに見て、口を開く。
「接続、両面宿儺」
殺意の鬼神は降臨し、三人の体に一瞬にして切り傷が生まれた。
ただ、そこに存在しただけ。
それだけであるのに有紗、イグザ、雪音の三人の体から血が溢れる。
(なぜ、死んでいない?! )
イグザは血塗れになるがそんなことを気にせず、王子へと斧を携え、疾走する。しかし、彼女もまた、イグザを気にすることなく下半身をくっつけようとしていた。
溢れる脊髄と腸を拾い上げ、袋に何かを詰めるかのように自然な動きで行われる。それを有紗は目の当たりにして、目の前に存在する何かが、本当に人を狂気に陥れる最悪の存在であることを確信すると彼もまた、動き出した。
「V円卓騎士、VI円卓騎士、VII円卓騎士! 」
三体の騎士と王は同時に邪悪との距離を詰める。
そんな中、ただ一人、その場で動かず、冷静に何が起きるかを見定め判断するものがいた。主人に迫る殺気と殺意。それを瞬時に理解して、相手の一挙手一投足を見逃さなかった。
そして、王子はパチリと指を鳴らす。
人間誰もが平等に持つ急所。
誰もが持つ心臓に、一本のナイフが突き刺さる。
それは確実に、命を狩り、早乙女イグザの生を終わらすものであった。
しかし、その刃は別の者に突き刺さる。
筋肉で覆われていたはずの体に関係なしと言うようにナイフは容赦なく心臓を貫くも庇った少女の顔を見て、優しく微笑み返した。
それと同時に、大男が少女に覆い被さり、動かぬモノとなる。
何一つも発することなく、目の前で死んでいる許嫁。
襲いかかる現実に、王を驕った少女は一人でに呟いた。
「雪、音? 」
***
父親に教えてもらったモノは一つ。
どんな人間でも喰らえ。相手が誰であろうとも、自分のモノにし、強くあれ。さすれば、唄種家はこの世全てを喰らえるであろう。
常に、上を見ることしかなかった。
常に、全てを自分の思い通りにする考えしかなかった。
彼女はそんな父の姿を見て、育ち、そして、尊敬していた。
故に、幼い頃から、全てに全力を尽くし、最善を尽くし、誰があろうとも自分が自分が一番であろうとした。
「雪音ちゃんはすごいね!なんでも一番で」
「えー!唄種が相手だと勝負にならないじゃん」
「雪音ちゃんってさ、なんだか、大人気ないよね」
誰に、なんと言われようと彼女は自分を曲げず、折らず、矜持を持って振る舞った。
しかし、その生き方は生真面目過ぎた。
徐々に、彼女を慕う友人はおろか、喋りかける相手すらいなくなる。
それでも、幼い子供でありながら、上に立つものは孤独であることを理解していた。
そんな時、父親がある少年の前に連れ出した。
父が言うには名家の次男であり、彼を通じて取り入れば、唄種家は更に大きくなれるらしい。
ならば、全力で、今から会う人間を食らおう。
そんな事を考え、雪音は少年の前に立った。
その少年は鋭い眼光で、彼女を睨みつけると不適な笑みを零し、自分へと言葉を放った。
「お前が、俺の許嫁か!お互い大人の政の道具の一つに過ぎないが、俺の嫁になるなら、全力で愛す。俺の名前は早乙女イグザ!お前の名前は?」
自分に、自信が有り余るかの様な太々しさ。
常に、一番を目指した少女にとって最も苦手になるである人種。
始めは軽くあしらう様に礼をする。
それ以上の関わりを持つのは彼を分析してからでいいと思った。
しかし、その少年は少女の想像を超える程の完璧を追求していた。誰よりも、一番になる事を求め、頂点に立つ事に貪欲。
少女は、そんな彼を見て、何故そこまでするのかを聞いた。
「どうして、そんなに一番を目指すの?」
自分も常に上を、一番を目指している。だが、彼はそれをさも当然様に、自らに課せられた義務ではなく、自分自身がそうするべきであると感じ、自分との違いが知りたかった。そんな事を聞かれた少年はキョトンとした表情を浮かべるもすぐに答える。
「逆に、何故目指さない?生まれて来たからには一番を目指すべきだろ?俺は、次男だ。次男であるから一番になれない。だが、それは俺の実力がないからだ。ならば、実力でその順位を逆転させる。父も母も俺のことなんてどうでもいい。兄さえ良ければいいってのは百も承知で認めさせる。まぁ、兄は俺なんかが及ぶにはまだまだ遠い存在だがな」
にこりと笑いながらそう言うと、そんな彼を見て、唄種雪音の世界に一種の淡い色が生まれた。
自分とは違う、一番の捉え方。
自分とは違う世界の捉え方。
その違いに、少女は少しずつ惹かれていく。
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