二十八章 Foreword Break Sudden 其の玖
調整を課すのは己自身。
皮肉にも処刑人は同じ質。
調整。
それは管理者であるユグドラのみに許されたディヴィジョンに干渉する特権。
狂ってしまった舎人子に対して、男は嫌気がさす様な表情を浮かべながら、その前に立つ。
「来いよ、舎人子。お前の相手をしてやる」
ユグドラはフードを下ろし、その輪郭を顕にすると何処か見たことのある様な顔をしていた。いや、それは見たことある顔などではなく、正しく、自分自身、鏑木舎人子、写身そのものであった。
長く伸びた真っ黒な髪は彼が舎人子とは違う年月を過ごしてきたことの現れであり、その手には大木の様なもので出来ている杖を携えている。
大剣と杖。
対極な存在を同じ顔を持った者同士が手に握り、互いに見合った。
舎人子は自分と同じ顔をしていることに気づかず、目の前に立つそれが有紗と自分を切り離そうとする障害にしか見えなくなっている。
「ふむ、俺が誰だかわからないくらいに理性を失っている様だな」
その呟きを皮切りに舎人子が動いた。
大剣を引き摺りながら、ユグドラとの距離を一瞬にして詰め、一撃を放つ。
有紗ごと切り裂いてしまおうと狙った一振りは轟音を立て、最も簡単に地面を割った。
しかし、その一撃は何を切ったわけでもなく、何を裂いた訳でもない。ただ、地面を割っただけであり、その違和感に気づくと共に背後にユグドラと有紗が立っていた。
再び大剣を振るい、地面を裂く。背後に現れると感じ、己の影を動かして、そこら中に刃を作り出しながら、獲物が現れるのを待った。
だが、それを観測者は蹂躙する。
影の刃砕け散り、裂かれた地面の真横にそれは立つと漆黒に飲まれた自分の姿を愚かしいと罵る様に吐き捨てる。
「並行観測世界」
観測者に与えられた権能は二つ。
参加者に対しての選別とそれらの観測。
観測の中に、調整が入っており、そのために彼は力を持っている。
それは時間操作。
凡ゆる場、凡ゆる事象、凡ゆる動き、それら全ての時間を弄る事ができる、唯一無二の能力。
舎人子の体がいつの間にか拘束され、転がった。
時を弄り、彼の体を木による拘束を行う。
その動きについて行くなどという事は出来るわけもない。だが、それすらも今の舎人子には関係がなかった。
影は主人を縛る木を切り裂く。
すぐに手に剣を握った。
影で生んだ剣を握ると双剣を携え、ユグドラへと襲いかかる。
ユグドラはそれを一切ものともせず、落ちていた大剣を片手で持ち上げると双剣目掛けて振るった。
影で生まれた双剣は瞬時に砕け、それどころか舎人子そのものを吹き飛ばす。
吹き飛ばされた体を影を用いて立て直すもユグドラは既に彼の目の前に立ち、その大剣を再び振るう。
二度目の衝撃。
頭を揺らす、黒く染まった視界も揺れた。
影は自動で主人を守り、その衝撃を和らげるも、膝をつく。初めての感覚に頭は面白いと錯覚し、自分がまだ立てると思い込むも、舎人子の体は既に限界であった。
故に、彼は新たな力を切り開く。
漆黒に支配された己の思考を持って、目の前に立つそれを殺し、再び黒く染まる視界に赤を灯そうとするために。
「万華鏡幻影外装」
その言葉に応えると影は主人を食い、その体は黒き影そのものとなった。
黒い獣はかつて自らが殺した相手を模した様相であり、己の体の限界を極限にまで引き出し、動く。
それは正しく影の奴隷。
主人である己を喰らい、臣下が政を動かす、腐敗した王国の末路。
ユグドラと有紗を影が飲み込み、闇の中から武器を生み出し放つ。
それは凡ゆる場所から放たれる殺意の数々であり、生者の一切を許そうとしない腐り果てた影の王国からの侵攻であった。
有紗を庇えば自分が死ぬ。
有紗を捨てれば自分は助かる。
その天秤をユグドラに問いかけた。
しかし、それが彼の、ユグドラの怒りの琴線に触れる。
「そこまで、堕ちたか舎人子。やっぱり、お前は俺ではないな。有紗を、死の天秤にかけた時点でお前の存在価値はない。少しばかり眠れ」
大剣を地面に突き刺し、杖を握る。
そして、唱える。
「並行観測世界・終末時計」
敵対する自分自身に対して、自らの持つ、権限の全てを舎人子にぶつけた。
すると、世界が一度ぐるりと回り、廻転する。
それが見えていたのはユグドラと舎人子のみであり、勝負は一瞬でついた。
最初に影の王国は姿を消した。
次に有紗と自分を襲う武器は砕け散り、彼が纏う影の鎧も崩れ落る。
事象の入れ替え。
それは世界に対しての反転であり、時間を動かし、操作する。
入れ変えた時間は舎人子が漆黒に飲まれる直前。
徐々に舎人子の視界は鮮明になり、再び惨状を目にした。視界に入った途端、ユグドラを気にする事なく、両腕を地面につけて叫ぶ。
「あ、あ、ああああああああああああああ!!!!!!私、私、今、有紗を、有紗の事を、殺そうと、ああ、ああ」
悲惨な叫びは一人でにこだまする。
崩れ落ちる思考と理性。
それは自分が選んだ訳でもないのに、常に付き纏う。
彼の、彼女の崩壊。
それは完全に、自分であったモノが自分でなくなり、壊れて行く。
瞬間、視界が暗くなる。
また自分はあの闇に飲まれるのか、その恐怖のみが彼を支配するもののそれは全く違う理由でのことであった。
ユグドラは彼の時間を止めると気を失わせる。
そして、有紗を誰かに傷つけられない様に、自分自身が彼を傷つけない様に、ソッと木の近くに置くとその場からユグドラと舎人子の姿が消えた。
***
朝が来た。
ミラーワールドにも同様に、陽の光が辺りを照らす。
陽の光が、眠る男の照らすとその眩い光により目を覚ました。
目の前に広がる惨状を前に戸惑うも、自らの手が動くことを確認し、新卓有紗は初めてミラーワールドで朝を迎える。
「あれ?私、生きてる? 」
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