二章 普通を装う女子高生 其の弐
鏡と現実の狭間。
虚なる過去の記憶。
舎人子は一人、夜の学校の弓場で矢を放っていた。
(一人で打ってる時が一番集中出来る。昔は荒波先輩もいたんだけどなー。今は一人に慣れちゃった)
そんな事を思いながら的へと機械を合わせ、弦を引く。
既に空は黒く染まり、学校は弓場のみに小さな光が灯っていた。舎人子はそんな事をお構いなしにと的に矢を放ち、不思議と真ん中に吸い込まれていく。
「真ん中Xか。うん、これだけ当たれば大丈夫だよね」
最後に放った一本は綺麗に的の真ん中に入っており、それに満足したのか弓具を片付け始めた。時刻は既に七時をゆうに超えており、急いで道具をケースの中に入れる。
そんな時、ふとした瞬間に頭に今日の噂話がある過ぎってしまった。
(あれを気になる方が普通っぽいかな? 普通の女子高生なら気になって確かめちゃわない? 多分そう。うん、なら直ぐに片付けて見に行くだけ見に行こう)
舎人子は自らの好奇心を抑える事が出来ず、それを普通の女子高生ならと言うことを盾にして、そさくさと弓具を仕舞う。
片付けが済み、ケースをガラガラと引きながら部室に置くと自らの好奇心が思うままに走り出す。弓具が入った重たいケースを置いた途端、自らに課せられていた重責を放り投げ、身軽になった様に彼女の足取りは先程とは比べ物にならないほどに軽やかであった。
トタトタと誰もいない学校を駆け上がる。
普段なら目立つはずの白い髪が目立たないのか、普通を装う必要がないためなのか。理由は分からないが舎人子は少しばかり興奮しており、いつもよりその表情が幼く見えた。
(よし、もうそろそろだ。確認したら少しして帰ろう。まぁ、心配してくれる人なんて居ないんだが)
三階へと到着するとすぐにそれは存在し、舎人子は目の前に写るもう一人の自分の姿を見ながら、噂の大鏡をまじまじと眺める。
大鏡は何事もなく、少し走って頬を赤く染めた舎人子の姿をそのままそっくり写し出した。
鏡をジッと見つめると、彼女はそこに写る自分の姿を見ながら徐々に冷静になって行く。
鏡に引き込まれる。
そんな突拍子のない事、起きるはずも無いのにも何故か興味が湧いてしまい、それに踊らされた馬鹿な自分の姿が見たくなくても見せてくる。
アホらしくなって来た舎人子はそこで何をする訳でもなく、自分の顔を見たくなくなったのか少しだけ考え事をするために顔を伏せた。
そして、興味の熱が冷めた舎人子はため息を吐くと鏡に両手を置き、伏せていた顔を上げ、最後にもう一度自分の顔を見た。
その時である。
大きな鏡の表面がぐねりと唸り唐突に歪みだした。
舎人子はすぐ様、手を退けようとするも時は既に遅く、一瞬にして両腕が吸い込まれていた。
普通の女子高生ならここで声を上げるのだろう。
彼女はそんな事を思いながらほんの少しの抵抗虚しく、徐々に体が鏡の中に飲まれていく。
舎人子は自分の体が吸い込まれる中、最後にこの世の未練を残さない為に普通の女子高生らしい事をしようと口を開いた。
「ごめん、有紗。私、今日死んじゃう」
思っていた事と違う事を口にした自分に驚くも、自分を心配してくれるのは彼女だけと言う事実に気づき、それが最後で良いかと思い、自ら抵抗を止め、鏡の中に吸い込まれる。
*2*
唸りの中で姿を見た。
そこには一人、大量の死体の上で悲しそうな表情をしながら、佇んでいる黒髪の男の姿であった。
誰かは全く分からない。
しかし、その姿は何処か自分の様にも感じる。
その一部が写し出された瞬間、唐突に視界が回りだす。
男の姿は既に居らず、次は少女の姿が映し出される。
それもまた、すぐに変わり視界が巡りに廻って揺らぎに揺らぐ。
それは正しく万華鏡の様に移り変わり、最後にかつて自分の身に起きた出来事が写し出す。
クルクル。
カラカラ。
夜の帷が落ちた時間。
皆が眠りにつき、家族の幸福を謳歌する。
自分もその中に居るはずだった。
居たはずだった。
月明かりが母の、父の姿を照らし出し、背中に刺されたナイフが光る。
ナイフは自分の怯える姿を血を交えながら写し出すと茶髪の少女は恐怖に支配され、縛られてもいないのに、口を塞がれてもいないのに動けなくなっていた。
それを眺めながら顔を見せぬナイフの持ち主は少しあどけない声で呟いた。
「ねえ、どうだい? 僕は今、君の両親を、人生の指針をぐしゃぐしゃにしてしまった。君はー、この光景を見てどう思う? 僕はね、少し前に、自分で自分の人生の指針を、僕を育ててくれる優しくて素晴らしい両親を殺した。なんでだと思う?答えは至ってシンプル! ほんの少しの、些細な興味。人が死ぬ事、人を殺す事への興味。誰かが言っていた、好奇心は猫を殺すって。でもね、誰にも理解されなかった。僕を異常者だ、人でなしだ、碌でなしだと罵ったんだ。だからね、僕と同じ様になった子がどうなるか見たくなった。ねえ、君は? 君はどうするの? 僕とは少し違うけど。君は今、両親が死ぬ所を見ている。君は今、息絶えた肉塊を見てる。君にはこれが何に見える? 僕には煌々と輝く美術品に見える? ねえ? 本能の、心の赴くままに言ってごらん? 」
少女の頭は時が止まり、麻痺し、男の言っていることが何一つとして理解できない。しかし、恐怖がほんの少しの好奇心に代わると息を飲む。
目の前に現れた二つの愛しい人。
五歳の脳にはこれがなんなのか理解が出来なかった。
しかし、動かなくなった二つの物に不意にも、不覚にも、両親を目の前で殺した、殺されたのにも関わらず、その流れる鮮血に、その開かれた瞳孔に、美しい、そう思ってしまった。
「○○」
その事を聞き、顔を見せない筈の死神の口角が上がった様に感じると楽しそうな足取りで姿を消した。
少女はその後、二つの物の横にヘタリと座り込み、流れる鮮血で服を汚す。
赤く染まる自らを異常と感じながら、その自分を、醜悪な神経を、人として汚いと感じながら、その自分を美しいと思ってしまう。
そして、再び画面が切り替わる。
クルクル。
カラカラ。
回り廻り。
誘われ、鏡の世界の扉が開く。
*3*
舎人子は目を覚ますとそこには姿が写らない鏡があった。
(あれ? 私さっき鏡に吸い込まれて……。でも、生きてる? やっぱり、鏡に吸い込まれたなんて、突拍子のない事ある訳ないよね。それになんで鏡は私の姿を写さないんだ? まぁ、うん、でも、いいか。とりあえず、なんで倒れてたんだろう? 貧血だったけ? 昔から体は強い方なんだけどな? でも、いや、多分そうだ。なんだか、貧血ってとっても女子高生っぽい。うん、なら、それで良いや)
ゴチャゴチャと考えをしている内に徐々に自分を冷静に、間接的に見えて、舎人子はすぐに帰ろうと鞄を握りしめた。
そんな時、背後に誰かが居たことに気づくとその方向に視線を送る。
「何だよ、プレイヤーが増える事はもう無いって聞いたんだけどな」
目の前にある事象について舎人子は出来ないでいた。
コスプレをした様な格好の少女が槍を持って自分に近づいて来る。その事実が荒唐無稽であり、にわかに信じられないがその刃物が本物である事だけは理解しており、すぐに逃げようとするも恐怖で足がすくみ、動こうにも動けない。
動悸が激しくなり、背中から嫌な感触がじんわりと染み渡ると額から一筋の汗が垂れる。
その姿を見ながら槍を持った少女は愉悦に満ちた笑みを零すと舎人子に再び喋りかけた。
「本当に何も知らないんだな。オーキードーキー、なら、サクッと殺してイレギュラーを排除しよう」
黒い槍を振り回すとその先端に打つかり切り傷が生まれる。そして、次の瞬間、彼女は舎人子の目の前におり、槍が彼の胸に突き刺さる。
しかし、その直前に彼らの居た運動場側の鏡が一枚割れると胸の手前にあった槍が剣に弾かれ、長い青髪を結んでポニーテールにしている男が舎人子の前に立っていた。
「問おう、君が僕の事を呼んだ迷子さんかい? 」
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