一章 普通を装う女子高生 其の壱
「ねえ! リコ聞いてる!? 私が真剣に話してるのに!! なんでそういつもボケっとしてるの?! 」
親友の新卓有紗に怒られながら鏑木舎人子は適当に彼女の言葉に相槌を打った。舎人子はショートボブの白い髪でクラス内でも目立っており、そんな彼女に話しかける黒髪でありながら髪の先端を青く染め上げ、毎度、職員室に呼ばれている悪ガキ有紗も同じ様に目立っていた。
「だからさ! そう言う風に適当な反応が良くないって言ってるの〜。リコはいい子なのに何でこう少し抜けてんだろうね? 」
「抜けてなんかないよ。私はとっても平凡で、至って普通の女子高生だもの。抜け落ちてる部分なんてあるわけ無いんだから」
そう言うと舎人子はあくびをしながら猫の様に体を伸ばし、彼女の言葉に反応を示すもそれに対して有紗は再びぷんすかと怒りを向けた。
「だから〜! そう言う風にちょっと機械的な感じが普通じゃないんだよー。顔はいいのに抜けてるせいで何人の男子がリコに向かって気付かれず傷を負ったか......」
有紗はそう言うと舎人子の肩に両腕を置き、揉み始める。舎人子はそれを気にする事なく揉ませておくと鞄に入れておいた水筒で水を飲んだ。
水筒の中の水をごくごくと飲んでいるとどこからかコソコソとした話声が聞こえて来て、それに舎人子は耳を傾けてしまう。
「ねえ、知ってる? 最近流行りの噂。うちの学校の大鏡あるでしょ?夜にあれの目の前に立って手を置くと鏡の中に吸い込まれちゃうらしいよ」
「ええ?! あの三階大鏡のこと? あはは、そんな小学生みたいな都市伝説あるわけ無いじゃん! 」
「いやいや、実際何人か不登校の子がいるんだよ」
話し声に聞き入ってしまい、我に帰るも心の底にある何かが呼んでいる様に感じ、ほんの少しだけ考え事をする。
(そんな事あるわけ無いだろう)
舎人子は疑いながら水を飲む事を止め、未だに自分の肩を揉み続ける有紗にいつもの自分なら聞かないはずのその噂について話してみた。
「有紗は鏡の噂って知ってる? 」
「うん? 何それ? 何のことさっぱりわかんないんだけど」
「あー、ならいいや。何かさっき噂話が聞こえて来たんだけど有紗が知らないならいいや」
舎人子は普通を装いたい故に彼女に軸は無く、自らの話をよく途切らす。
有紗はその事を理解していた為に彼女はそれ以上に何か聞こうとせずに止まってしまった肩揉みを再開し、他の話題を舎人子に振り、他愛の無い会話に花を咲かせた。
***
放課後のチャイムが鳴り響き渡るとゾロゾロと学校から帰る生徒達の姿を見ながら舎人子は有紗に軽く挨拶をし、自らが身を粉にして打ち込んでいる部室へと足を運ぶ。
遅れて来た舎人子はそさくさと自分の弓具を引きずって、弓場に向かうと十人ほどの人が既に的に目掛けて矢を放っていた。
「遅いぞ、リコ。何故お前はそう遅れてくるんだ? 」
舎人子が遅れて来たのを見つけた荒波与一は纏め上げられた長い青髪を靡かせながらピシャリと声を上げた。それに対して舎人子は素直にぺこりと頭を下げて口を開く。
「すみません、荒波先輩」
「理由はきかんから速く準備をして打ち始めろ。後少しで大会もあるし、お前は夜桜第二高校アーチェリー部のエースなんだから。もっと部員の模範となるように行動しろ。分かったか? 」
「はい〜」
舎人子は元気よく応えると弓具を速攻で組み立てると急いで準備運動をし、終えた途端に弓の弦を弾き始めた。
そして、彼女は射線に立つと矢を弦に番え、的に目掛けて機械を合わせる。
弦から手を離すとトンと言う音共に矢は消え、的にそれが吸い込まれていく。
「九点左五時の方向。最初にしては上出来だ。集中して打ってけ」
荒波の言葉は舎人子には届いておらず、彼女の目の前には的と自分だけの世界になっていた。
番えては打つ。
番えては打つ。
繰り返す後、矢が重なり合いながら点が上がる。
試射が打ち終わると舎人子は額に滲んだ汗を拭い、弓具を置きながら口を開いた。
「矢取りお願いします! 」
舎人子の的には一本たりとも黄色以外が無く、それを見た他の部員も驚きの声を上げた。
しかし、それを見ながら舎人子は溜息を吐くと矢をすぐに取り、パッパと歩いてスタンドラインへと戻っていく。
そんな彼女を見ながら後ろでスコープを眺めていた荒波が喋りかけた。
「リコ、集中力が切れてたぞ。サイトをしっかり合わせるんだ」
「了解です。次行きます」
舎人子はそう言いながら全員が射線から後ろに行ったことを確認し、弓を握り締めると彼女は再び自分だけの世界へと足を踏み込む。
高校アーチェリーは七十メートル四分六射で、七十二本の矢を打ち切る競技であり、簡単の様に見えて実は奥が深くとてつもない集中力が要求されるスポーツである。
しかし、舎人子はそれを100%以上の集中力で打つ事が出来た。
天賦の才と言えばそれまでであったが彼女はそれを良いものと思っていなかった。何故なら、普通ではないからである。舎人子は普通に憧れているのである故に、この才能がとても疎かった。
そうアーチェリーと言うモノに出会うまでは。
このスポーツは一射一射に多大な集中力を用いるのに対し、舎人子はその事に体力を使わず、それを自然と出来てしまった。
周りは打つたびに集中力と体力を削がれるのに対して、彼女は一才の息切れなく打ち続ける。
去年は新人戦で周りを寄せ付ける事なく優勝すると、そこから一気に注目の選手として名前が上がり、様々な推薦やら何やらが殺到した。
しかし、それら全ての一切合切を彼女は蹴ったのである。
普通じゃないからと言う理由で拒否したのであった。
そして、何やかんやいざこざを乗り越えて今に至る。
彼女は夜桜第二高校アーチェリー部エースであり、部の未来を担う者としてその射場に立っているのであった。
七十二射全ての矢を打ち終えると皆が自主練をしだす中、舎人子は荒波に近づき彼の近くで休み始め、そんな彼女にに横目をやらず、彼は淡々とスコープを読み続ける。
少しして舎人子は暇になったのか荒波に問いかけた。
「荒波先輩はもう打たないんですか? 」
「また、それか。お前が負けず嫌いなのは分かる。だがな、あの一回、負けた位で俺に固執するな。今のお前は去年と違って弱点はないし、あの時はお前のほんの少しだけ空いた意識の穴を通した一回限りの大博打だ。もう勝てないよ。それに俺は腕の怪我で当分は無理だ。お前は俺と違ってまだ先がある。だから、自分の事をもっと考えて練習しろ」
「それでも先輩は私に勝ったのです。普通の女子高生は多少勝ち負け拘ります。ならば、自分も拘りたいのです。まだ、腕が怪我しているなら致し方有りませんが。腕が治ったら必ずリベンジさせて下さい」
舎人子は話が終わるとそさくさと再び弓具を握り、射線へと立った。
***
夕方を告げる烏の鳴き声が聞こえると荒波が練習の終了のホイッスルを鳴らす。
彼の一言で練習が終わり、部員らは帰りに何処を寄るか、今日の宿題の事をなどの話をしながら帰る準備をする中、舎人子は一人残って練習する事を全員に告げた。
荒波はいつもの事と分かると舎人子に鍵を渡すと彼も彼女が一人練習する光景を見た後に少しして姿を消した。
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