平行世界の嫁に惚れたお話
俺は大山田琢磨、どこにでもいる普通のサラリーマンだ。
嫁の鏡花とは結婚して5年目。
同じ高校の同級生で学校では1,2を争うほど人気の女の子だった。
社会人になってから偶然の再会を機に付き合い始めそのまま結婚まですることが出来た。
正直、高校時代は高嶺の花と思っていたから俺のプロポーズを受けて入れてくれた時は信じられずに聞き直したほどだ。
新婚当初は熱々の夫婦生活だったのだ。
だが、5年もたった今では会話もほとんどない仮面夫婦になっている。
そして、俺が一番恐れている事態に陥る。
専業主婦として旦那を支えてくれる鏡花は……浮気をしていた。
最近、やたらと友達と遊ぶことが多くなったのでどうしたのだと疑問に思った。
まさか、うちの鏡花が不倫なんてと思いながら自宅に防犯カメラを隠して設置。
すると真っ黒の証拠が映っていた。
ベッドの上では俺が見たこともないほど乱れた鏡花の姿。
俺では得ることが出来ない快楽だと言い不倫相手を上げ俺を落とす発言が次々と鏡花の口から飛び出す。
それを見た俺はトイレで嘔吐する。
その後も、証拠を集めるために奮闘した。もちろん成功。
すでに証拠は十分に揃っており、裁判をしたとしても俺が100%勝てるだろう。
だが、納得が出来なかった。
このまま裁判をしても離婚して慰謝料貰って終わりになるだけだろう。
それでは俺の虫唾が収まらない。
俺は鏡花に復讐するためにどうするべきか考えてながら帰宅していた。
駅前でビラを配っているお姉さんの傍を通ると
「お願いしまーす」
とビラを手渡される。
俺はどうせ、何かの新商品とか鍛えてマッスルとかいう内容だろうと思っていたが、そこには
『あなたのifを体験しますか?占いの館アフロディーテ』
と書かれていた。
俺は少し興味を持った。ifとはなんぞや?
駅前なのですぐ近くだなと思って店の様子だけ見るために足を運ぶ。
特に何も変哲のないプレハブの看板に「占いの館アフロディーテ」と書かれてある。
何の変哲もない店構えをしていたが、不思議な感覚に襲われ俺は無意識に店内へ入る。
「どういったご用件で?」
店内は狭く、中には還暦を二度は超えたのではないかというシワだらけの老婆が黒いローブを纏っていた。
かなりの年齢を重ねているのだろう、低くかすれた声で話しかけてくる。
それよりも自分の行動に驚いていた。
まるで誰かに体が乗っ取られたかのように店内へと入ってきてしまったのだ。
「えっと、なんで俺はここに?」
興味が少しあったとはいえ何故自分が店内にいるのか理解でない状況である。
俺があっけに取られているとまたも老婆が俺に話しかけてきた。
「あなたは今は悩んでますね」
「ええ、まあ」
「それを解決する糸口を見つけるお手伝いをしましょう」
「……」
胡散臭い……あまりにも信用が出来ないが、悩んでいるのは確かだ。
ダメ元で占ってもらうか。
「えっとですね」
「夫婦仲ですか?」
「え?」
何故か老婆は水晶を覗き込んで俺の悩み事をかすれた声でズバリと答える。
これから俺が話そうとした事と完全に一致しているから正直驚いた。
「なるほど、奥さんの不倫ですか」
「そこまで……」
水晶を覗き込んで全て言い当てる老婆が少し怖かった。
なぜ、そこまで分かるんだ?
正直言って、気味が悪い……。
俺も水晶を覗いてみるが何も映っているようには見えない。
「どうなされますか?」
「どうって何を?」
「お手伝いしましょうか?」
俺は少し考えた。
本当に大丈夫だろうか?
まあ、参考程度にするのは良いだろう。
なんせここまで言い当てるのだから。
「お、お願いします」
「はい……では、お代を」
「いくらだ?」
俺が金額を聞くと何故か老婆が黙り込んで水晶とにらめっこをする。
「……どうやら代償は、支払っておられますね」
「は?」
「では、平行世界へフルダイブせさて進ぜよう」
「ちょっと待て。平行世界?フルダイブ?何を言っているんだ……おい、ババァ」
江戸時代から生きていそうなババァがフルダイブなんて横文字を使うことに違和感を覚える。
新手の詐欺か?
が、次の瞬間に俺は目の前が真っ白になる。
「グハ」
平衡感覚を失いその場に立つことすらままならなくなり、次第に意識が遠のいていった。
◇
気が付くと見知らぬ天井が見える。
しかも、何故か俺は生まれたままの姿で寝ていたようだ。
「なんで、こんなところに?」
「ん……」
俺がだるい体を起こすと隣から艶っぽい声が聞こえる。
誰がいるのだろうと声のする方を見てみると
「え……?」
隣には顔見知りの女性が寝ていた。
胸部から下はシーツに覆われていて見えないが、明らかに生まれたままの姿である。
そして、その女性は……俺の会社の受付嬢のマキだった。
「おはよう」
「あ、えっと……おはよう」
「ねえ、奥さんのことなんて忘れてもう一回どう?」
猫撫で声で俺を誘惑してくるマキ。
彼女の言葉で俺は理解した。
そう、俺が不倫をしているのだ。
どういうことだ?そういえば、平行世界なんて言っていたな。
その後、俺が帰宅すると鏡花がフリルの付いたエプロン姿で出迎えてくれる。
「あ、おかえり、あなた。お仕事、お疲れ様」
「ああ、ただいま」
俺は鏡花の言葉に胸がえぐられる様な痛みを伴う罪悪感を感じた。
そりゃあそうだ、仕事をせずに不倫していたんだから。
この世界の……平行世界の鏡花も不倫をしているのか?
俺は数日間、鏡花を観察したがどうにも不倫しているようには見えない。
そこで、思い切って興信所へ依頼をした。
◇
1か月後
鏡花は不倫している証拠は出てこずにとても良い嫁であることだけが分かる。
そして、ここ1か月間でこの平行世界の鏡花を知ることになる。
鏡花は不倫どころかいつも俺を立ててくれるし、家事は完璧にこなしながら仕事もして家計を助けてくれている。
この間なんて、家内安全・夫婦円満で有名な近くの神社で100日間参りをしなければ貰えないレアな鈴付きの赤いお守りを貰ってきてくれて
「はい、一つはあなたの分」
「ありがとう」
「もう一つは私の分……お揃いだね」
「ああ、嬉しいよ」
というやり取りをするだが、この時に気が付いてしまう。
理想の嫁……それが今の鏡花の姿だった。
俺は鏡花が不倫をしていないと知った時、罪悪感だけで膝から崩れそうになるのを耐えていた。
これ以上、こんなにも可愛くて素敵な鏡花を裏切ることが出来ない。
そして、翌日
「すまない、別れてくれ」
俺はマキに頭を下げた。
「嫌……絶対に嫌……私の方が好きって言ってくれたじゃない」
「……すまない」
俺は彼女にひたすら謝ることしか出来なかった。
だが、すでにどうにもならない状態であることをマキの一言で思い知らされる。
「お腹の中には子供がいるの」
「……ぇ?」
病院で見てもらったらしく、既に10週目を迎えていた。
彼女は堕胎することは考えておらず、一人でも産んで育てる覚悟があるという。
俺は平行世界の俺の過ちにどうすればいいのか思考停止していた。
「鏡花にどうやって話せばいいんだ」
本来なら直ぐにでも鏡花と話をするべきだったのだろう。
だけど、鏡花に不倫相手のマキが妊娠したことを話すことが出来なかった。
不倫相手を孕ましたことを隠し続けた俺だが、鏡花は仕事をしながら俺の身の回りの世話をしながら家事をしてくれる。
罪悪感しかない俺は家事を手伝うのだが、手伝うたびに
「ありがと~、あなた愛してる」
と言って、頬に口づけをしたり、気分が高まっていると俺の唇に鏡花の唇を重ねてくる。
俺は本当に鏡花に愛されているという実感がしていた。
それ同時に、自分の中の罪悪感が大きくなっているのも事実だった。
そうこうしているうちに、マキは人工妊娠中絶手術が受けられる妊娠22週を過ぎてしまった。
俺は覚悟を決めて鏡花と話をした。
一方的な俺の話をただ、黙って鏡花は聞いてくれた。
離婚はしたくないという意志が鏡花にあった。
相手に謝って養育費だけ渡せばいいとかの案も出たが俺は却下した。
これ以上、鏡花を巻き込んで苦しめたくない。
翌日、鏡花の友達が来た。
その友達は弁護士をしており、もしかしてと思ったが案の定、離婚調停にやってきたのだった。
「すまないが、鏡花と話がしたい」
「申し訳ございませんが琢磨さんと直接話をするのは鏡花さんは望まれておりません。これから話がある場合は弁護士の私を通してください」
「そんな……」
俺はもう一度、鏡花と話がして謝りたかった。
しかし、今はどうすることもできそうにない。
その後、離婚が成立。
俺とマキには慰謝料が請求された。
ただ、俺の住むところがなくなると困るだろうと財産分与放棄は免れた。
慰謝料に関しては俺が二人分を一括で支払った。
離婚後にもう一度、鏡花に謝りたいと思い、弁護士さんに話をしたが聞き入れてもらえず、手紙という形で鏡花と別れを告げることになった。
平行世界の俺は今まで何を考えていたのか分からなかった。
確かにマキは芸能人並みに美人だ。
だが今の鏡花を裏切るほどの魅力があるのかと言われると決してそんなことはない。
しかし、そうは思っていても今後は不倫相手である彼女と一生を過ごしていく必要がある。
仕方ないことだと諦めて鏡花みたい女性を不幸にしないと心に誓い新たなスタートを切るつもりだった。
しかし、同僚からマキの良くない噂を耳にしてしまう。
「おい、悪いことは言わないからDNA鑑定しとけよ」
「は?」
「おまえは知らないのか?彼女……お前以外とホテル出てくるところを色んな奴に目撃されているんだよ」
「……ははっ、まさか」
「まあ、俺は同僚のよしみとして忠告はしておいたからな」
俺はすぐさま出産前親子鑑定を行うように手続きをした。
彼女にバレないように産婦人科の先生も巻き込んで彼女の血液を分けてもらう。
すると驚くことに俺が父親である可能性は極めて低いことが分かった。
俺は彼女に鑑定書を見せて問い詰めた。
「これはどういうことなんだ?」
「それは何?」
「お前のお腹の中の子供と俺の子供じゃないってことの証明書だ」
「だから?」
完全にマキは開き直っていた。
「私は子供が出来たといったけど、あんたの子だとは一言も言っていない」
「なっ……コイツ」
「それじゃあ、別れましょうか」
「ああ、当り前だ」
この世界の俺はなんでこんな奴と不倫したんだ?鏡花の何が不満だったんだ……今後あれほどできたヤツが俺のところに嫁に来てもらえるとは思えない。
俺は女々しいと解っていても鏡花とよりを戻すことを考えた。
しかし、あの弁護士のせいで直ぐに会うことが出来なかった。
それから1年後、ようやくのこと鏡花とファミレスで話をする機会を与えてもらった。
しかし、鏡花と出会い俺は絶望する。
「うん、今ね15週目なの」
鏡花は婚約をしており、お腹の中には婚約者との間に出来た命を授かっていた。
こともあろうにその相手は俺の元いた世界の鏡花の不倫相手の庄司だという。
「鏡花、俺とやり直せないか?」
「無理だよ」
「お腹の子は産んでもいい。俺が父親になってもいい」
「それも無理……それに信用できないよ」
「いや、俺は絶対に……」
「あのね……私はあなたの不倫を知っていたの、最初から」
「ならどうして?」
「私は不倫していても琢磨のこと愛していた。いつか私の元に戻ってくれると信じて」
「だったら!」
「でも、琢磨が選んだのは不倫相手だった」
何も言い返すことができなかった。
マキの子供は俺の子じゃない、俺は騙されたんだ。
……だが、それは言い訳。
不倫していたのは事実。そして、選んだのは鏡花ではなくマキだ。
本当に鏡花のことを考えるなら養育費を支払ってでも一緒にいるべきだったのだろうか。
まあ、全ては後の祭りだ。
二人は別れてこれから別の道を歩むことになる事実、それが俺には耐えれなかった。
もし、俺がまだ鏡花と夫婦なら別の男の子供が出来たとしても鏡花を失うことは避けれただろうか?
しかし、それは事の顛末が決まった後のタラればに過ぎない。
しばらくすると鏡花の迎えがやってきた。
迎えにやってきたのはもちろん庄司だ。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
二人の仲睦まじい姿を見て俺は何も考えることが出来なかった。
5月10日
本当に自分でも不思議だった。
足が自然と雑居ビルの屋上に向かい、靴を脱いでビルの端っこに立っていた。
俺は丁度良いと思った。
俺は1年目の結婚記念日に買った腕時計を見る。
この時計には俺と鏡花のイニシャルが刻まれている。
時計の針を見ると14時少し過ぎたところだ。
だが、今の俺に時刻なんて、どうでもいい。
鏡花を失ってはもう生きていけないと思うと躊躇することなどなく、そこから飛び降りることが出来た。
飛び降りた瞬間、頭の中のイメージに鏡花の優しい笑顔が見えた。
「ああ、鏡花……愛してる」
◇
「うわぁ……あれ?生きてる」
俺はビルから飛び降りたはずなのに……夢だったのか?
妙に生々しい夢を見た。
ソファーで汗だくになっており、カーテンを開けると夕日が射しこむ。
スマホの日付を見ると占い師に出った日と一緒だ。
過去に戻ってきたのか?
いや、待て。
あのババァは平行世界と言っていた。
もしかして、俺は元の世界に戻ってきたのか?
俺は慌てて駅前まで走った。
あの占いの館へもう一度行ってババァに話を聞きたかった。
しかし、到着するとそこは空き店舗になっていた。
「どういうことだ?」
俺は自分が一体、どうなっているのか怖くなってきた。
今の俺は元の世界に戻ってきたのだろうか?
だが、肝心の手がかりである占いの館がないとなれば確認のしようがなかった。
これからどうすればいいんだと悩みながら帰っていると、ラブホテルから嫁の鏡花と男性が出てくるのを目撃してしまう。
それを見て俺は、怒りで我を忘れそうになった。
だが、直ぐにその怒りは収まる。
そう、平行世界での出来事を思い出していた。
この裏切られたという感情。
どう言い表していいか分からない気持ちを平行世界の鏡花も味わったんだなっと思うと自然と涙が流れていた。
それと同時に、これは元の世界だなと実感した。
ふと遠い記憶の様に思い出す。
俺は鏡花の不倫を見て、どうやって仕返しをしてやろう、どうやって苦しめてやろうと考えていた。
ただ、それ自体が自分を苦しめていることに気が付いた。
平行世界の鏡花が言っていた。
『私は不倫していても琢磨のこと愛していた。いつか私の元に戻ってくれると信じて』
ならばこの世界での俺の役目はもしかして、向こうの世界の鏡花と同じなのかもしれない。
そこに活路はあるのだろうか?
……迷っても仕方ない。
ならば、俺はこの世界で鏡花にとって最高の旦那になってやろう。
不倫していようがいいじゃないか。
俺のところに戻ってくるのを待ってやろう。
別れ話を切り出されたらその時はその時だ!
その日から俺の復讐は鏡花に苦痛を与えることではなく、愛情にて幸せを与えることにした。
そう、平行世界の鏡花が俺にやってくれたように……。
◇
まずは鏡花を愛するために時間を確保した。
仕事を今までのようにやっていたら意味がない。
それに今まで将来の金銭的なことを考えると不安で不安で仕方なかった。
将来のことを考え昇進を第一に考えていた。
しかし、これからのことを考えるよりも鏡花に愛情を与えることを第一に考えた。
平行世界の鏡花を見習って俺は鏡花に尽くすと決めたからだ。
そのために、仕事を減らして在宅勤務にしてもらった。
上司には残念と言われたがどうでもいい。
今は嫁の鏡花を愛することが最優先事項だ。
平行世界ではもう鏡花と夫婦になることなんて絶対に出来ないと思っていた。
鏡花が不倫中だったとしても俺は鏡花とまだ夫婦であることが堪らなく嬉しかった。
そういえば、お百度参りのお守りを手に入れるために神社に通い初めることにした。
これから百日間お参りする必要がある。頑張らねば!
俺は向こうの世界で鏡花がしてくれたことを思い出しながらそれを鏡花に返していく日々を送り始める。
「あ、洗い物は俺がするよ」
「え、急にどうしたの?」
「たまにはいいじゃないか」
「うん、まあ……」
俺は久しぶりに食器洗い。
だが、あまりに久しぶりなもんで
ガッチャーン
「……ぁ」
俺は皿を一枚割ってしまう。
大きな音が出たので鏡花は慌てて台所に戻ってくる。
「もう、何ですか」
「あ、すまん」
「危ないからあっち行っててください」
鏡花は俺を邪魔者扱いする。
ただ、新婚の時は俺も手伝っていたがここ数年は鏡花に任せきりであることを痛感した。
次に洗濯をしようと洗濯機を回したのだが……色物を全て混ぜて洗ってしまって俺の白いシャツに色移りが発生。
「もう、なんで一緒に洗うんですか」
「すまん」
「要らないことして私の仕事増やさないで下さい」
「本当にすまん」
「……はぁ、もういいです」
鏡花は呆れていた。満足に家事が出来ない俺に愛想を尽かしている様子だ。
無理もない。
ただ、こんなことでめげるわけにはいかない。
夫婦で居られる間はまだまだ、鏡花にはお返しをしなくては俺の気が済まないからだ。
「鏡花、いつもありがとうな」
「……大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
俺があまりに素直なので気が狂ったとでも思ったのだろうか?
確かに、いつもなら直ぐに喧嘩していた。
だからこそ、喧嘩にならないように会話を減らして関わりも減らしていったんだ。
それが逆効果になっていたことは理解している。
「もしかして、何かやましい事でもある?」
「いや、ないよ」
「本当に?おこずかいの追加とか?」
「要らない」
「そう……話したくなったら言ってね」
「わかった。愛している鏡花」
「……えっ!ちょっと、やっぱりおかしいよ」
青ざめる鏡花に俺はちょっと笑ってしまった。
「ふふっ」
「ねえ、何がおかしいの?」
「いや、その顔、可愛いよ」
「……もう!」
今度は照れているのだろうか赤くなっている。
素直に鏡花が可愛いと思えた。
それにしてもいつぶりだろうか、こんなにもこっちの世界の鏡花と話をしたのは……。
ああ、幸せだ。
翌朝、俺は少し早起きして朝食を作った。
何年ぶりの料理だろうか……味噌汁を作ったのだが、ダシを入れ忘れて、味噌を溶いただけの味噌湯が出来上がる。
流石にこれは鏡花に出せないのでおにぎりに変更。
三角おにぎりと俵結びのおにぎりを作ったのだが
「あれ?おにぎり?」
「ああ、朝食にと思って」
「食べていいの?」
「もちろん、食べてくれ」
「じゃあ、この三角おにぎりを」
「すまん、それ俵結びのつもりなんだ」
「え?じゃあ、こっちの丸まっているのは」
「三角おにぎりだ」
「ちなみに塩は?」
「それは大丈夫、付けた」
俺の作ったおにぎりを食べる鏡花。
味の方は保証する。が、見た目は最悪だったようだ。
まさか、三角おにぎりは自信があったのに俵結びと間違えられるとは……
「おいしい」
「そ、そうか」
「ちゃんと塩味がする」
「よかった」
何気ない夫婦の会話だと思っている。
だが、まるで新婚時代に戻ったのではないかと思えるぐらいに胸躍らせた。
何とも言えない幸福を味わう。
そして、ふと感じる。
こんな粗末な朝食に付き合ってくれるんだな……俺は……今まで何をしてきたんだろうな……。
「この後、友達と一緒に買い物に行ってくるね」
俺は鏡花の言葉に怒りがこみ上げたが、直ぐに笑顔を作り
「わかったよ」
と、返事をする。
着替えを済ませた鏡花を俺は玄関まで見送った。
「車には気を付けろよ」
「もう、子供じゃないんだから」
「そうだな」
俺は感情が高ぶっていつも通りの顔になっているのか不安だった。
鏡花を送り出すのに可能な限りの平常を装う。
何故ならこれから鏡花の行くところは不倫相手のところだ。
しかし、笑顔で見送らなければならない。
平行世界の鏡花がそうしてくれていたから……
「い、いってらっしゃい」
「おう、いってらっしゃい」
俺は耐えて耐えて我慢した……つもりだった。
「ちょっと、どうしたの?」
「え?」
「え?じゃないよ、なんで泣いているの?」
俺は笑顔で涙を流していた。
どうやら体と心が全く別の動きをしているのだ。
俺はすぐさま鏡花に背を向ける。
「大丈夫、ちょっと目にゴミが入っただけだから」
「そう?本当に大丈夫?」
「ああ」
鏡花は俺の心配をしてた。
それだけでいいじゃないかと自分に言い聞かせて強がる。
バタンと玄関のドアが閉まり、鏡花が出ていったことを確認すると俺はその場で膝から崩れ声を殺して泣いた。
「ちくしょう……ちくしょう……ちくしょう……鏡花」
俺は一時間ほどその場から動くことは出来なかった。
その後も料理、掃除、片付けと家事全般を行った。
ただ、最初の内はどれも失敗ばかりで鏡花に叱られていた。
だが、3か月もするとかなり慣れてきて一通りは出来るようになり、鏡花からは怒られなくなった。
更にそれから数日
ようやくのことお百度参りのお守りを手にすることが出来た。
しかし、俺の知っているお守りと少しばかり違った。
「家内安全・夫婦円満」が刺繍され鈴が付いた赤いお守りだと思っていたが、色違いの鈴が付いた青いお守りだった。
まあ、いいかと気にせず神社で受取、それを鏡花に渡した。
「これってお百度参りのお守り?」
「そうだよ」
「通ったの?」
「もちろん」
「わあ、嬉しい!ありがとう」
「どういたしまして」
最近では俺達の夫婦仲はとても良くなっていた。
俺は毎日家にいるので週一で鏡花をデートに誘ったりして楽しい日々を過ごした。
今度こそ、鏡花との夫婦生活を取り戻せたと実感している。
その幸せが俺にも鏡花にも変化をもたらしていた。
普段からの表情が明るくなり、益々、鏡花を可愛いと思ってしまう。
さらに、仕事の忙しさがなくなり俺は健康に気を付ける余裕が生まれていた。
鏡花も俺が家事全般をするので動画を見ながら筋トレをして綺麗になっていた。
充実した夫婦生活を送る二人は近所から羨望の眼差しを受けていた。
だが、鏡花の不倫はまだ続いていた。
鏡花が他所の男に抱かれていると考えるといつも泣いて過ごしていた。
◇
しかし、こんな状況がいつまでも続くことはなくあっけなく終わりを迎える。
夕飯時に気分が悪いと鏡花が何度か嘔吐することが増えた。
まだ、鏡花は話してくれないが、多分、妊娠しているのだろう。
それも不倫相手の子供だ。
だが、鏡花と別れるほうが辛いことを平行世界の鏡花が教えてくれた。
俺にとって変えの利かない嫁が鏡花なんだ。
しかし、気持ちが離れてしまっているなら俺は追うことはやめるべきだと思っている。
愛しているからこそ鏡花の幸せを一番に考えよう。
俺は覚悟を決めた。
そしてついに鏡花が俺に話をしてくれた。
「あのね、話があるの」
俺達はダイニングテーブルにて対面で話始めた。
「何の話?」
「えっと……」
中々言い出せない鏡花。
しばらくすると、鏡花は泣き始める。
「あの……ヒック……わ……わたし……ヒック……そ……その」
泣きながら喋るから正直、何を言っているのかさっぱり分からない。
俺は鏡花を落ち着かせるために対面ではなく横に座って鏡花を抱き寄せた。
「無理しないで、ゆっくり話してね」
「うん……うん……ぅわぁーん」
俺が抱き寄せると鏡花は声を上げて泣き始める。
鏡花が泣きやみ落ち着くまで俺は抱き寄せたままでいた。
ようやく落ち着いたところで鏡花は話始めてくれた。
それは俺が想定していたものだった。
鏡花が不倫していること。
そして、鏡花のお腹には不倫相手の子供がいること。
現在、10週目であること。
「裏切ってごめんなさい、慰謝料は払うし財産分与の権利も放棄する、だから……別れましょう」
正直、「離婚はしたくない、あなたと離れたくない」と我がままを言ってくれた方が俺は良かった。
ただ、鏡花は自分で責任を取ると言って聞かない。
こういうヤツだからこそ、俺は惚れて結婚したんだったと思い出す。
「実は俺、最初からお前の不倫は知っていたんだ」
「そ、そうなんだ」
「でも、俺は鏡花のこと愛していた。いつか俺の元に戻ってくれると信じて」
「…………ごめんなさい」
「なあ、子供は産んでいい、俺が育てる。だから離婚は考え直してくれないか?」
ここは平行世界ではない。俺達はまだ夫婦なんだ……やり直すチャンスがあるはずなんだ。
俺はそう思っていた。
もちろん鏡花も真剣に悩んでくれた。
だけど、鏡花の口から出てきた答えは
「ごめんなさい」
「……そう……か」
夫婦である状態でも俺は捨てられたのだ。
何がダメだったのだろうか?
不倫相手のどこが良かったのだろうか?
俺は気になって仕方ないので思い切って聞いてみた。
「なあ、一つ教えてくれないか?」
「なに?」
「庄司さんって人はどういう人なんだ?」
鏡花は驚いた顔をして俺の顔を見る。
「なんで、そんなこと聞くの?」
「いや……別に……今後の参考に」
鏡花は庄司さんの良い所を上げて話をしてくれた。
俺よりも年収が高く、ルックスも良く、更に体の相性も良いそうだ。
それを聞いた俺は不覚にも、泣いてしまった……。
「あはは、男として俺は何一つ勝てなかったわけだな……情けねー」
「……」
鏡花はその後、何も喋らなかった。
「その、なんだ……俺なんかと結婚してくれて……ありがとう、それとごめん」
「……ッ」
鏡花は俯いて何も話さない。
俺の言葉を鏡花がどのように受け取ったのか俺には分からなかった。
ただ、今の謝罪は鏡花に向かって言ったものが今の鏡花に向かって言ったものではない。
平行世界の鏡花に向かって言ったものだった。
もう、鏡花と顔を合わせることはないだろうからな……。
こうして話し合いで離婚することになり詳しい内容は後日ということになる。
◇
翌日の5月10日
俺は離婚届けにサインをしてリビングのテーブルの上に置いて、荷物をまとめて出ていった。
書置きとして今後のことと慰謝料を貰うつもりはない旨を一筆添えた。
やはりビルの屋上に足を運んでしまったのだ。
平行世界でもこの世界でも鏡花は俺のことを必要としていない。
生きていくのが辛いし、地獄のように感じる。
今の俺の全ては鏡花だ。
それを失った今、自殺することに迷いなんてない。
ふと、腕時計を見る。
そういえば、平行世界でも腕時計を最後に見ていたな……。
時刻は14時を少し過ぎたところだ。
以前の飛び降りた時間とよく似ている。
不思議だなっと思ったがそれ以上は何も感じない。
チャリン
「ん?」
どこからともなく鈴の音が聞こえる。
そういえば、お百度参りのお守りについていた鈴の音に似ているな……。
まあ、いいか。
俺はビルの端へと移動してフェンスに手を掛ける。
◇鏡花の視点◇
私は最愛の人を裏切り続けました。
今でも不思議に思うんです。
なぜ、あんな男としても人間としても最低な男に体を許したのか?
しかし、一度でも関係を持ってしまった事実は消えません。
庄司はその事実を餌に肉体関係を要求してきました。
旦那にばらすと脅されて今まで関係が続いていました。
彼が要求するのは私の体のみ。
更に、寝取りが趣味だと台本まで用意して私に演技を要求します。
だけど、旦那にこのことが知られると思うと逆らうことが出来ませんでした。
ただ、旦那と仲が良いのかと言われると違いました。
私達は日常会話や生活の関わりがほとんどない仮面夫婦でした。
けど、旦那が在宅勤務になってからの夫婦仲は今まで最高です。
だからこそ、辛かった。
旦那が私に優しくしてくれているのに、旦那を裏切る行為は苦痛以外何もでもなかったです。
我慢の限界に達した私は庄司に別れを切り出しました。
すると、案の定、旦那に不倫していたことをばらすと言われました。
私は腹をくくっていたので
「どうぞ、ご自由に」
と言って立ち去りました。
そして、翌日に私が自ら旦那に別れ話を持ち掛けます。
これほど、素敵な人はもう私の前には現れないかもしれません。
だけど、彼の幸せのために私は身を引く必要がありました。
何故なら、私は……不倫相手の子供を身籠ってしまったからです。
この完全な裏切り行為に私は離婚を決意しました。
「離婚だけはしたくない!」なんて言えば、完全に私の我儘です。
旦那に別の男の子供を育てさせるなんて拷問だと思ってしまう。
それに、これは完全に私の責任。
旦那にばらされるという恐怖から逃げてきた代償でもあります。
「あのね、話があるの」
最初、旦那に話を切り出すのは怖かった。
覚悟はしていたのにどうにも怖くて、旦那の目を見ることができません。
次第に私は感情を抑えることが出来なくなり涙が溢れだしました。
話をしなくてはいけないのに話せる状態ではなくなりました。
そんな私に寄り添ってくれる旦那……どうしてそんなに優しくするの……今はやめて欲しい……。
でも、寄り添ってくれる旦那の体温が暖かくて心地よかった。
落ち着きを取り戻した私は別れ話を切り出しました。
私のお腹の中には子供がいることも話ます。
それなのに、旦那は育ててくれるというのです。
正直、少し迷いました。
ですが、こんな旦那だからこそ思ったこともあります。
この人は私の様な汚れた女には勿体ない。
旦那は離婚を頑なに拒んでくれましたが、私が離婚する意志を強く持って話をしました。
仕方なく離婚を受け入れてくれた旦那は不思議なことを聞きます。
なんでも私の不倫相手のことが知りたいと言われました。
私はどうのように答えようか迷いました。
何故なら、旦那よりも良いところが不倫相手の庄司にはないのです。
以前本で読んだ離婚した理由の中から思いつく限りを答えました。
でも、あまりに適当なことを言って後悔しました。
旦那が話を聞きながら徐々に青ざめているのが分かり、そして、泣き出してしまいました。
私は彼のプライドをかなり傷つける発言をしたのだろうと気が付きます。
だけど、旦那にかける言葉が見つかりません。
そこから私はこれ以上、旦那を傷つけることに恐怖してしまい何一つ喋る事が出来きませんでした。
翌日の5月10日
昨日は気持ちが落ち着くまで私は寝付けませんでした。
その為に寝付けたのは朝方で、起きるとお昼を回っていました。
だるい体を起こしてダイニングへ行くと、テーブルの上に書置きと離婚届を目にします。
慌てて私は書置きを読みました。
『離婚届にサインをしておきました。提出をお願いします。慰謝料は要りませんし、財産は全て放棄します。どうか、鏡花がこれからも幸せでありますように。―――大山田琢磨』
私は居ても立っても居られなくなり、直ぐに家を飛び出しました。
いきなり旦那がいなくなって私は焦ります。
それと同時に自分がまだ旦那と一緒にいたいという気持ちが強いことに気づかされます。
昨日は旦那のためにと思って強がっていました。
だけど、今は違う。
我がままを言いたい。
傍にいて欲しい。
ギュってして欲しい。
今すぐ、会いたい。
一晩で気持ちが揺らいでしまう自分が情けない……ですが、旦那への気持ちは……。
私は家から飛び出してそのことばかりを考えていました。
家の近所を探し始めましたが姿は見当たりません。
どこすればいいか悩んでいると
ピーポーピーポー
近くで救急車の止まりました。
何やらとても騒がしい雰囲気。
「まあ、何があったのかしら」
「飛び降り自殺ですって」
「あら怖い」
野次馬のひそひそ話が聞こえてきます。
私は嫌な予感がして野次馬に混じって現場を覗きました。
そして、目を疑ます。
地面に血まみれで倒れているのは……旦那でした。
「あなた!」
私はすぐさま旦那に駆け寄りました。
すると、傍にいた救急隊員の人が私に声を掛けてきます。
「奥さまですか?一緒にこちらへ」
その後、搬送先の病院で死亡が確認されました。
推定死亡時刻は5月10日14時05分。
私は一晩、旦那の遺体の傍で泣いて過ごしました。
旦那と付き合い始めた頃の思い出も色々蘇ってきては涙が溢れて来ます。
旦那がなくなったその日、涙が枯れることはありませんでした。
その後、葬儀は行われたが私はいまだに現実を受け止めることが出来ずにいます。
傷心しきった私に庄司は、私と一緒になることを希望してきましたが私は拒みました。
それでもしつこく来る庄司。
それが原因で私は精神的にかなり落ち込んでしまい体調が崩れて入院することになりました。
そして、これが原因で私は流産してしまいます。
もう生きていく気力が尽きた……最愛の人を裏切り、死にまで追いやった。
私は今後、生きていていいのだろうか?
そんな疑問をベッドの上で抱いて生活するようになります。
ある日、私の病室に一枚のチラシが置かれていました。
不思議なチラシ広告です。
『あなたのifを体験しますか?占いの館アフロディーテ』
正直、胡散臭いなと思っていたのですが、気になったので病院を抜け出し店舗前まで行くことに。
特に何も変哲のないプレハブの看板に占いの館と書かれてあります。
私はその店の中に足を運びました。
「ようこそ」
店内には100歳を超えてそうなおばあさんが低くかすれた声で出迎えてくれます。
「あ……えっと……」
特に考えもなしに入ってきたので咄嗟に言葉でませんでした。
おばあさんは水晶玉を覗き込んで
「あなた不倫しましたね?」
「え!」
私はまだ、何も言っていない。
なのにこのおばあさんは私のことをずばりと言い当てている……本物かもしれないと思いました。
「裏切った償いがしたいと?」
「……はい、したいです」
「では、お代を」
「おいくらですか?」
おばさんはまた、水晶を覗き込んでいる。
「……どうやらあなたも代償を支払っています」
「?」
代償を支払っている?どういうことでしょうか?それに「あなたも?」というのは一体?
「では、平行世界へフルダイブさせて進ぜよう」
「え、ちょっと、おばあさん……どういうこと……平行世界?フルダイブって」
私は脳をすさぶられたような感覚に陥ます。
「う、う……」
上と下の区別がつかずに立つこともままならなくなりました。
平衡感覚がなくなりしばらくすると、意識が遠のいていきます。
◇
目を覚ますとそこは自宅でした。
ソファーで寝ていた私は旦那の帰りを待っていたことを思い出します。
ガチャン
玄関の扉が開く音がしました。
それを聞いて旦那が帰ってきたと思いました。
私は出迎えます。
「おかえり」
だけど、旦那は返事もなく自室へと向かいました。
旦那の様子がいつもと違うのに違和感を覚えます。
ただ、そこで、いつも通りと感じることもしました。
なんでだろう?いつも通りの旦那なのにいつもと様子が違うと感じる。
なぜだ~?と考えいていたら
……旦那が本当は死んだことを思い出す。
その瞬間……私は震えました。
肩を震わせその場で膝から崩れて倒れそうになります。
「なんで、一瞬、忘れていたんだろう」
そして、占いの館のおばあさんの言葉を思い出しました。
「平行世界……」
もしかして、ここが平行世界なのでしょうか。
私はさっきのおばあさんに確認を取るために駅前まで行きました。
しかし、確かにあったはずのお店の看板がなく空き店舗になっています。
その後、何度が訪れましたが占いの館に会うことはなかったです。
更に数日たって私は今の旦那が別の世界の旦那であることが理解できました。
なぜなら旦那は不倫しています。
不倫相手は旦那の会社の受付嬢。
私はというと、庄司の誘いを全て断っており関係を一切持っていないようです。
平行世界の私はグッジョブです。
また、仕事も続けており家事に仕事にと忙しい毎日を過ごしていました。
ただ、忙しいながらも幸せでした。
平行世界に来て三か月以上経ちました。
今だに旦那は不倫をして、私は働きながら家事もしてと大忙しです。
でも、一生会えないと思っていた旦那とこうして一緒に生活出来ること自体が嘘のよう。
だから、精一杯旦那に尽くそうと努力しました。
そういえば、向こうの世界でお百度参りのお守りを買ってきてくれていたのを思い出したので私も時間を作ってお百度参りのお守りをしてお守りを手に入れました。
しかし、私の知っているお守りと少し違います。
色は青だと思っていたのに、赤色なのです。
理由は分かりませんが色違いになっているだけかもしれないので気にせずに旦那に渡します。
そんな旦那にも変化が少しづつありました。
最初は元の仮面夫婦だったのですが、次第に会話が増えていき、家事の手伝いもしてくれるようになります。
いつしか新婚の時ように仲の良い夫婦に戻っていきました。
だけど、それが続かずに終わりを告げます。
旦那の不倫相手は妊娠してしまったらしいのです。
私は別れたくありませんでした。
けど、旦那がどうしても別れて欲しいといいます。
私は友達の弁護士に相談することにしました。
彼女が直接、旦那と話をしてくれるというのです。
私は神にもすがる気持ちでお願いをしたのですが、結局、離婚ということになってしまいました。
5月10日
私はこの日が一年の中で一番嫌いな日です。
旦那がなくなった日だから。
私は離婚に納得いかずにもう一度、旦那と話がしたかった。
その日のお昼を過ぎてから、私は仮住まいから自宅に戻ろうとして移動していたが、ふと立ち止まり見てしまう。
そう、旦那が飛び降りて倒れていた場所です。
思い出すだけでも私は足が震えて立っているのがやっと。
気を抜けば腰を抜かすかもしれません。
チャリン
私の持っているお守りの鈴の音が聞こえます。
チャリン
再度、鈴の音が聞こえました。
今度は雑居ビルの屋上から聞こえた……のかもしれない?
おかしい、ビルは10階建てです。
そんな遠いところの鈴の音なんて聞き取る能力は私にはありません。
気になった私はビルの屋上へと昇って行きます。
屋上へ到着。
が、特に何か有るわけでも誰かいるわけでもありません。
何かに呼ばれたように足を運んだことを考えると少しだけ寒気がした。
チャリン
また、鈴の音がします。
その音を聞いた瞬間に平衡感覚がなくなり腰を抜かしてしまいました。
倒れこんだ私は前後不覚になります。
占いの館で体験した感覚によく似ていました。が、今回は直ぐに感覚が元に戻ります。
私は何があったのか理解するために冷静に周りを見回しました。
すると、驚きの光景が目に入り頭で考えるよりも先に体が動きます。
「ダメェ」
叫びながらビルから飛び降りようとする男性の身体に後ろから抱き着きました。
男性は振り返り私の顔を見ると驚いていました。
「な、なんでお前がいるんだ」
◇琢磨の視点◇
俺がフェンスに手を掛けたところだった。
「ダメェ」
悲痛に叫ぶ声が聞こえて俺は後ろに引っ張られる力を感じる。
一瞬、訳が分からなくなったがどうやら女性に後ろから抱き着かれたようだ。
一体、誰なんだと振り向くと、そこには
「な、なんでお前がいるんだ」
鏡花がいた。
「いや、もうどこにもいかないで」
俺を羽交い絞めする力は強いが震えているのが分かる。
怯える鏡花をなだめるために俺は優しく声を掛ける。
これから死のうと思っていた俺だが、以外にも冷静に鏡花と話ができた。
「にしても、どうして、ここが分かったの?」
「あのね、鈴の音が聞こえたの」
「鈴の音?」
「うん、これとよく似た鈴の音」
そうして鏡花が取り出したのは赤いお守りだった。
「どこでこれを?」
「え、お百度参りのお守りだよ。貴方にも渡したよね」
「いや、俺が持っているのはコレ」
俺は自分で手に入れた青いお守りを鏡花に見せる。
「あれ?色が違う」
「もしかして、お前、平行世界がどうとかいうババァに会ってないか?」
「駅前の占いの館の?」
「やっぱり……」
俺は鏡花の雰囲気が違うことに気が付いていたがやはり平行世界から来たようだ。
だが、色々と混乱している。
なんで平行世界から鏡花だけが来たのだ?
もしかして、この世界に鏡花は二人いるのか?
分からないことだらけだ。
「なあ、もしよかったらファミレスかどこかで話をしないか?」
「それよりも、一緒に帰ろ」
「いや、でも俺は」
「まだ、私達は夫婦なの。だから一緒に帰りましょう。あなた」
「……わかった」
俺達は家に帰って二人で今までに出会ったことをやってきたことをすべて話した。
また、俺は勘違いをしていた。
平行世界で出会った鏡花はこの世界で不倫してた鏡花だった。
俺も平行世界で自殺するまでのことを話をしたが庄司と結婚するという判断は私なら絶対にしないと鏡花は断言する。
そこまで嫌っている相手なのになぜ不倫したのか聞くと、どうやらワンナイト以降脅されていたことが分かった。
俺は直ぐに警察に相談することにした。
そして、その日に俺は離婚届を破り捨て鏡花に宣言した。
「お前が何をしても絶対に離婚なんてしない。一生、一緒にいるから」
すると、鏡花も俺に宣言してくれる。
「私もあなたが何をしても絶対に離婚してあげない。一生離れないんだから」
鏡花の宣言を聞いて俺は堪らず鏡花を抱きしめた。
鏡花も俺の腰に手をまわして俺を受け入れてくれる。
俺達は5月10日にもう一度、一生、夫婦であることを誓い合った。
数日後、二人で占いの館へ行ってみたがやはり空き店舗になっておりその後、あのババァに会うことはなかった。
1年後、俺達二人の間に子供が生まれた。
鏡花は絶対にあなたの子だと証明するためにDNA鑑定を行い俺に見せる。
俺は信じているから大丈夫だといったのだが、鏡花はどうしても俺に信用してほしいからという。
「愛してるよ、鏡花」
「私も愛してるわ、あなた」
俺達は長い旅の末、ようやく本来の夫婦の形を取り戻せたのだった。
後日談であるが、お百度参りのお守りはわざわざ百日間お参りをしないでももらえることが判明した。
そして、お守りの色は白色であることを知った……おしまい。
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