ニセ聖女と追放されたので、神官長と駆け落ちします〜守護がなくなり魔物が襲来するので戻ってこい? では、ビジネスしましょう〜
「ツカサ! おまえは用済みだ! このニセ聖女め!」
いきなりパーティーに呼び出されたかと思えば、この発言。着飾った貴族たちは面白そうに、私をニヤニヤと見ている。まあ、私は突然の呼び出しで平服だし、どう見ても場違いだし。
私は盛大にため息を吐きながら訊ねた。
「なにを根拠にそのようなことを? ブレダン王子」
この国の第一王子にして、私の婚約者でもあるブレダン王太子。茶髪に茶色の目で、外見はごく普通。ついでに頭は普通以下。私との性格の相性は極悪。
心がときめく要素は何一つない。
ポリポリと頭をかいている私をブレダンが怒りながら指差した。
「そういう態度だ! おまえには聖女としての教養も美しさもない」
「そうは言われましても、そういうのがない世界から私を勝手に召喚したのは、そちらですから。最初にそう言いましたよね? で、それでいいって、納得しましたよね?」
会社員だった私は職場に三日ほど泊まり込んで仕事をしていた。そして、ようやく家に帰れると、フラフラ歩いて帰宅していたらトラックが突っ込んできて。気がつけば、この世界の神殿にいた。
どうやら流行りの召喚というものらしい。
それから私は国王に聖女になってくれと懇願され、受諾。というか、還る方法がないから、聖女になる以外の選択肢はなかったけど。
それからは聖女業務をさせられながら、たまに城に呼び出されブレダンの話相手。ただ、ブレダンとの会話はつまらないから早々に引き上げるように。
すると呼び出される回数も減り、顔を見るのも数ヶ月ぶり。
ブレダンが隣に立つ女性の腰を引き寄せ、私に言った。
「それが、そもそもの間違いだったのだ! こんな教養も美しさの欠片もない女が聖女なわけない!」
「では、ブレダン王子のおっしゃられる聖女とは、どういう人ですか?」
「もちろん、このリゼッタのように教養があり、美しく、私を愛する者だ」
「たしかに、その定義でしたら私は聖女ではありません。ちなみに神官長は聖女と認定しましたか?」
私の確認をブレダンが鼻で笑う。
「そんなもの、私が聖女だと言えば神官長は認める」
「はぁ。では、最後にもう一つ確認を」
「なんだ?」
私はブレダンの隣に立つリゼッタという女性を見た。輝かしいばかりの金髪に、海のような青い目。スタイルは抜群で、極上のハリウッド女優のような外見。
平々凡々な私と比べれば、美しさは天と地の差がある。現実とは、なんて残酷な。
でも、そこは仕方ない。それに今は外見が問題なのではない。
重要なのは――――――――
「魔力はありますか?」
私の質問にブレダンが呆れたように肩をすくめた。
「そんなもの必要ない。そもそも、なぜ必要なのだ? おまえだって魔力はないのに」
「あ、そこからでしたか。もしかして、国王はこのことをご存知ない? あー、それはあとで大変ですね」
盛大にやらかしていることに気づいていないとは。でも、説明するのが面倒になってきた。
「ふん。そんな思わせぶりなことを言っても騙されないぞ」
「騙すとかはないのですが……とにかく、私は聖女を辞めていいってことですよね?」
「辞めるもなにも、おまえは聖女などではない!」
「言質とりました! では、みなさま。私はこれで失礼しま「待たれよ! 聖女殿!」
あちゃー。来ちゃったよ、国王が。
渋い顔をする私の前に走ってきたのか、息を切らした国王がいる。
「せ、聖女殿! 今回のことは、どうか聞き流してくだされ! あのバカ息子には言い聞かせ……いや! 廃嫡しますゆえ!」
「ち、父上!? どういう「黙れ! 貴様! なにをしでかしたのか、わかってないのか!」
激おこ国王がブレダンに詰め寄る。周囲で私をあざ笑っていた人々も、何かがおかしいと気づき始めた。
「あれほど聖女を蔑ろにするなと言ったのに! おまえは、この国を潰す気か!」
「父上、聖女はこのリゼッタが……」
「こんな顔だけの女が聖女をできるわけなかろうが! そもそも聖女が王子と結婚するのは、この国に繋ぎ留めるためで!」
私を放置して親子喧嘩が勃発。
うん、今のうちにコッソリと出ていこう。
抜き足、差し足、忍び足で歩きだした私を国王が目ざとく見つけた。
「聖女殿! 待たれよ!」
面倒くさい。
私は振り返ると、にっこりと微笑んだ。そのことに国王があからさまに安堵する。
「大丈夫ですよ。ちゃーんと結界は残しておきますから。この城以外の」
「せ、聖女殿……それは」
顔を青くする国王を無視して、私は周囲で見物していた貴族たちにも微笑んだ。
「みなさま方、早く荷物をまとめたほうがいいですよ。城を中心に結界に大穴があきますから。城の近くに住まわれている方から順に危なくなっていきます」
私の言葉をポカンと聞く貴族たち。私は再び国王に視線を向けた。
「秘密主義もいいですけど、最低限の人たちには説明しておくべきだと思いますよ」
「そ、それは……代々、そうやってきたもので、今更変えるなど」
「そういう思考が停止しているところが嫌いなんです。では、お迎えが来ましたので」
私の隣には、いつの間にか白いローブを頭からスッポリと被った人が立っている。あれ? ちょっと近くない? ローブが体に触れているけど。
その姿に国王が喜んで声をかけた。
「おぉ、神官長! 待っていたぞ! そなたからも聖女殿を説得して……」
「拒否します」
国王の言葉を否定したことに周囲がざわめく。この世界の常識なら考えられないこと。たとえ神官長でも、普通は国王に逆らえない。
あと、神官長という役職名から老人を想像するが、それにしては声が若い。そこは誰も気にしないのかな。
「し、神官長?」
最後の望みを絶たれたように国王の顔が固まる。神官長が残念そうに頭を横に振った。
「ここ最近の国の堕落は見るに耐えない。私の提言も聞き入れられる様子もないですし、私も聖女とともに国を出ます」
「ここ最近って、何年ぐらい?」
私の質問に神官長がローブの下の顎に手をそえて考える。
「ざっと二百年ほどですね」
「へぇ。よく二百年も耐えたね」
「人とは時間感覚が違いますから」
「それでも、よく我慢したと思うよ。私なら二百年も無理、無理」
「いえ、いえ。ツカサのほうが、よく我慢したと思いますよ。あのバカ王子を相手に。私なら数回会うだけで無理です」
お互いに笑い合っていると、さり気なく貶されていたブレダンが叫んだ。
「王族の前だぞ! 顔を見せぬとは、神官長といえ無礼きわまりない!」
この言葉に王が気絶寸前の絶句状態になる。私は呆れるを通り越して唖然としてしまった。
「まさか、コレも知らないなんて……」
「まぁ、これから国を出る身。別に良いでしょう」
神官長が顔を隠しているフードを外す。
それまで、ざわついていたパーティー会場が一瞬で静かになった。
朝日のように淡く煌めく白金の髪。芽吹いたばかりの新緑のような瞳。筋の通った鼻に、薄い唇。ぬけるような白い肌。
神が創り上げた芸術品のような顔。そして、特徴的な尖った耳。
「……エルフ?」
誰かの呟きがさざ波のように広がる。私は神官長をあだ名で呼んだ。
「シン、いいの? 顔みせちゃっても」
「顔を見られたら国を出る、という約束でしたから。これで堂々と出ることができます。では、いきましょうか」
シンがとろけるような笑みとともに、優雅に手を差し出す。私はちょこんと手をのせて微笑んだ。
そこに国王が叫ぶ。
「い、行かせるな! 近衛兵! 城の守りを固めろ! 出入り口を封鎖しろ!」
兵士たちが会場になだれ込み、あっという間に私達を囲む。
私はシンを見上げ、おねだりするように小首をかしげた。
「ちょっとだけ、いい?」
「もう聖女ではありませんから。お好きに魔力を開放してください」
「やった!」
私は思わず歓喜の声をあげた。
瞬間。
会場の空気が揺れた。風はいっさい吹いていない。それなのに人々がなにかに押されたように倒れ、または尻もちをついている。
そして、顔を強張らせ、中には失神した人もいるほど。カタカタと小刻みに体を震わせ、抱き合っている。
ちなみに王子は美女を下敷きに失神中。
「やりすぎた?」
「これぐらいで丁度いいでしょう。これだけの魔力を制御しないといけない聖女の勤めが、いかに大変か。少しは身を持って知るべきです」
「シンってスパルタだよねぇ」
「スパルタ?」
首をかしげるシンの手を握り、私は説明した。
「スパルタっていうのは、昔そういう国があって……」
そのまま魔法で移動する。
周囲の景色が華やかなパーティー会場から、神殿に移った。勝手知ったる我が家みたいな場所だけど、ここには神官とか、王家の息がかかった人もいる。
邪魔されない内に出ていかないと。
「さっさと、荷物をまとめてくるわ」
「それより、スパルタの説明を」
「じゃあ、あとで説明するから。今は荷物をまとめさせて」
「約束ですよ」
私は名残惜しそうにしているシンに手を振って自室に戻った。
※
一連の騒ぎの後、私はシンとともにエルフの里に引っ越した。と言っても人間は入れないので里の入口だけど。
「ねぇ、シン。別に私はエルフの里に来なくても、一人で適当にどっかの町で暮らしても良かったんだよ?」
「こっそり神殿を抜け出して平民と馴染んでいたツカサなら、それも可能でしょうね。ですが、それだと私が一緒に暮らせないからダメです」
「いや、だから私一人でって言ったじゃない。シンは目立つからエルフの里じゃないと生活できないし」
ちゃんと人の話、聞いてます?
そう思った私の前にシンがお茶とケーキを置く。ほのかに香る甘酸っぱい匂いは、ラズベリーティーかな。
お菓子を前に待てをしている私をシンが現実に引き戻す。
「ツカサ、いまさら私から離れようと言うのですか?」
「だって、シンの外見を見てごらん? 相手は私じゃなくても、よりどりみどりだよ?」
「これまで人間を含め、いろんな種族を見てきましたが一緒にいたいと思ったのは、あなたが初めてです」
「こんな私のどこがいいのか……って」
一口ケーキを食べた私は思わず叫んだ。
「またケーキ作りの腕をあげたでしょ!?」
ふわっふわっな白い生クリームに包まれたスポンジケーキ。口に入れたとたん、しっとりふんわり溶けてしまった。ほんのり甘さに、間に挟まれたイチゴの甘酸っぱさが丁度いい。
これぞ、まさしくショートケーキ!
私の言葉の内容より勢いに負けたのか、シンがしょんぼりした。美形なのに捨てられた子犬みたいになるのは反則でしょ。可愛すぎる。
「ツカサから聞いたレシピを再現してみたのですが、ダメでしたか?」
「違う! 違う! 最高すぎるの! この世界で生クリームのケーキが食べられるなんて思わなかった!」
シンが嬉しそうに笑った。
「エルフの里は魔法技術が発達していますから。新鮮な生乳も手に入りますし、調理加工もできます」
「なにそれ!? 最高じゃない! おいしい!」
パクパクと食べる私にシンが意地の悪い笑みを浮かべる。
「私と一緒にいないと、このお菓子は食べられませんよ」
「これはシンしか作れないわぁ。これがなかったら、一人で生きていこうと思えるんだけど」
「そこですよ。いままで召喚された聖女たちは、みな王家に気に入られようと必死でしたから。なのに、ツカサにはそれがない」
私はラズベリーティーを飲んだ。この絶妙な酸っぱさが、またケーキに合う。
「私だって、気に入られようとする気持ちは分かるわ。見ず知らずの土地で生きていくなら、大きな後ろ盾がほしいもの。中には純粋にお姫様になりたいって人もいたかもしれないけど」
「ツカサはそう思わなかったのですか?」
「私はもともと孤児で、いままで一人でなんとかしてきたから。ここでもなんとかなるかなぁ、と思って。なにより、あの頭空っぽ王子の世話になるのが嫌だったの」
なにを話しても一方通行。いつも自慢話ばかり。あとは何かあっても昔からの慣習だから、と自分で考えることもなし。
「生まれてきた環境にあぐらかいてるだけのヤツって大っ嫌いなの」
私はダンッとカップを置いた。
「そのあぐらをかいてるヤツから手紙が届いてますけど?」
「……読みたくない」
「まあ、読まなくても想像はつきますね。あの国はあなたが消えてから国を守っていた結界がなくなり、魔物の襲来を受けているそうです」
「城とその周囲にある貴族の屋敷だけでしょ? 平民の住宅街とか農地とか牧草地の結界はそのままだし。っていうか、国の九割は結界で守られたままなのに」
ケーキを食べ続ける私にシンがもう一通の手紙を差し出した。
「で、こちらは国王からの手紙です」
「両方とも面倒そうなことが書いてそうだから、代わりに読んで要約して教えて」
「はい、はい」
シンがキレイな指で王子の手紙を開封して中を読む。無表情で人形みたいに美しい。眼福って、こういうことを言うんだろうなぁ。と、シンをつまみにケーキを食べる。
そこにシンの手が動き、国王からの手紙へ移った。さらっと読み終えたシンが私にニッコリと微笑む。
あ、これ怒ってるヤツだ。読まなくて良かった。
シンが表情とは裏腹に冷えた声で話す。
「ロクでなし王子からは、今なら許してやるから戻ってこい、という内容でした」
「…………その手紙を国王に返却しましょう」
「賛成です。で、その国王はとにかく直接話をしたい、ということでした。二人ともダラダラ前置きやら、まどろっこしい文章でしたが」
私は腕を組んで考えた。
「あれから五日だし、そろそろ限界かな。では、話し合いをしに行きましょうか」
ケーキを食べ終えた私は前置きなく魔法で城へ転移した。
※
豪華絢爛な謁見の間……ではなく、国王の執務室へ。そこでは予想通り重鎮から騎士団長までが揃って国王に訴えていた。
「貴族たちは皆、配置する兵の数を増やしてくれと訴えています。しかも、流れの傭兵など雇う者もおり、そやつらの素行が悪く治安も悪化してきています」
「ですから、もう兵にも騎士にも余裕はありません。城と屋敷を捨て、結界内へ転居されてください」
「我々に平民たちの地へ行けというのか!? それこそ前代未聞だ! そんなことできるわけなかろう!」
重鎮たちと騎士団長が言い争う間には無言で椅子に座っている国王。
部屋に私たちが来たことにも気づいていない。
いつ気付くかなぁ、と部屋のすみで観察していたら、次の火種がやってきた。
「父上! 早くどうにかしてください。リゼッタが怯えて可哀想です」
ブレダンの一言にいままで黙っていた国王がブチ切れて、机を叩きながら立ち上がる。
「おまえが勝手に聖女を追い出したのが原因だろうが! 怯えて可哀想などと言うのであれば、おまえが前線で魔物と戦ってこい!」
「それはいけません! 王太子殿が前線に出られたら、その隊が全滅して、そこから城内へ突破されます!」
「ほら。私は戦わせてもらえないのですから、父上が早くどうにかしてください」
相変わらず自分の無能さを分かっていない発言。いや、どう育ったら、ここまで自己肯定抜群の精神が育つのか。
呆れて眺めていると、椅子に座り直した国王と目があった。まるで幽霊を見ているような顔。それから、破顔してこちらに突進してきた。
そのまま私に抱きつきそうな勢いだったが、シンが国王と私の間に入る。
立ちふさがるシンを越えて国王が歓喜の声をあげた。
「聖女よ! よく戻ってきた!」
「いや。私、戻りませんよ」
「は? で、では、なぜここに?」
「ビジネスをしようと思いまして」
「ビジネス?」
あぁ、ビジネスという言葉がないんだった。
「商売……まぁ、取り引きですね」
「王家を相手に取り引きだと!? 何様のつもりだ!」
騒ぐブレダンを無視した王が重鎮たちと騎士団長に命令する。
「全員ここから出ろ。許可を出すまで何人も入れるな」
ブレダン以外の人間が即座に退室した。というか、なぜ当然のようにブレダンが残っているの?
私が視線で国王に問いかける。国王がブレダンにも命令した。
「ブレダン、おまえも出ていけ」
「なぜです? こいつは私の手紙を読んで戻ってきたのですよ。私はここにいるべきでしょう」
「手紙? なんのことだ?」
やっぱり国王は知らなかったのか。
シンが無言で国王にブレダンの手紙を差し出す。受け取った国王は内容を読み進めながら手を震わせた。
「おまっ……本当に、この手紙を聖女に?」
「そもそも聖女の役割とか、ちゃんと説明したんですか?」
私の質問に王が頭を抱える。
「したつもりだったのだが」
「見事に理解してないようですねぇ」
私の言葉に国王がうなだれた。シンが肩をすくめて話す。
「では、もう一度説明しましょう。王も誤解しているところがあるようなので」
こうして私たちは机を挟んで向かい合うように座った。ブレダンが文句っぽいことを言っていたけど無視。
シンが話を切り出した。
「エルフである私がこの国の神官長をしていたのは、この国の初代王であり友人であるネルとの約束のためです。ネルは他の国の王子でした。ところが冤罪により王位剥奪、命を狙われ、臣下を連れてこの地へ来ました」
シンは懐かしむように窓の外に視線を向けた。羽根が生えた魔物がウロウロと飛び、騎士たちが城に近づかないように魔法で攻撃している。
「この地は魔力石が豊富で、その力に惹かれて魔物が集まります。その魔物を恐れ、人間は近づきません。ネルはそこに目を付け、この地に大きな結界を張り自分の国を建国しましたが、問題は結界の維持です。ネルが死ねば結界は消えます。なので、ネルは結界を維持できるほどの魔力を持つ人間を探しました」
そこでシンが私を見る。
「ですが、そんな人間は見つけられず、私の魔法で召喚することにしました。それが聖女召喚の始まりです。ネルはこの国の都合で召喚されてしまう聖女に対し、最大限の敬意と待遇をもって接するようにと遺言を残しました。しかし、それが守られたのも百年ほど」
フゥと軽くため息を吐いたシンは国王とブレダンに冷ややかな視線を向けた。
「この国を維持するために必要な聖女が、王家よりも権威をもつことを恐れた歴代の王たちは、この事実を隠蔽しました。そして、聖女は王太子と結婚することが当然であるようにしました」
シンが軽く頭を横に振る。
「聖女が結界を維持しているから安全に良質な魔力石を採掘でき、富を得られているのに、それを忘れての贅沢三昧。しかも、聖女との結婚を疎ましく思い、冷遇する王太子まで現れる始末。私はそのことに呆れていたものの、ネルとの約束と、召喚した聖女のこともあり、私はこの国を離れられずにいました。ツカサが現れるまでは」
「私?」
「ツカサはこの停滞した空気に新たな風を吹き込んでくれました。さまざまな知識を使い、新しい視点で、自分で考えることの楽しさ面白さを教えてくれた」
シンがさりげなく私の手をとり、うっとりと微笑む。魔法も使ってないのに、顔が良すぎてキラキラと眩しい。
「あなたは退屈だった私の世界を変え、動くきっかけをくれました」
その結果がお菓子作りの名人。むしろ申し訳ない方向に変えた気がするけど、今は気にしない。
私は軽く咳払いをして話を戻した。
「なので、私が戻る必要はどこにもないのです」
「だが、聖女がいないと結界が!」
焦る国王に私は指をたてて提案した。
「ですので、取り引きです。私が聖女がいなくても結界を維持できる装置を作りました。それを買いませんか?」
「「なっ!?」」
これには国王とブレダンの声が重なる。ブレダンが話の内容を理解していた方が驚いたけど。
「もちろん、それなりの金額はしますよ。あと、定期的にメンテナンス……えっと、整備調整しないと動かなくなるので、その時に費用もいただきます」
ブレダンが机を叩きながら立ち上がる。
「貴様! 王家から金を取るというのか!」
私はこれみよがしに額を押さえ、ため息を吐いた。
「国王、ブレダン王子に労働と対価を教えたことはありますか?」
「そこは家庭教師が教えているはずだが……」
「勉強をさぼったか、王子である自分には関係ない話だと思ったか。で、私としてはある条件をのんでもらえれば、その装置をお安くお譲りしても良いと考えています」
王が唸りながら私に訊ねた。
「いくらだ?」
「そうですね。値引きしなければ、この金額です」
私は前もって準備していた書類を机に置く。そこには装置を譲渡する契約内容と金額が書かれていた。
その書類を横から覗き見したブレダンが鼻で笑う。
「なんだ、これぐらいの金額。別に払えるわ」
「でしょうねぇ。一年分の国家予算と同額ですから。ただし、一年分の国家予算がなくなったら、その一年はどうやって暮らしますかね? ちなみに税金を上げるのは無しですよ。少しでも民に負担を増やしたら、装置は即破壊します」
「そんなもの。別に一年ぐらい金なんてなくても生きていける」
その言葉に国王が本気で切れた。
鈍い音とともにブレダンが吹っ飛ぶ。
「おまえがそこまで愚かだったとは思わなかったぞ!」
初めて殴られたのか、なにが起きたのか理解できないのか、ブレダンが床に尻もちをついたまま呆然としている。
国王が椅子に座り直し、落ち着いた声で私に訊ねた。
「値引きする条件はなんだ?」
私はにっこりと微笑んだ。
「お金には、労働。ブレダン王子に働いていただきます。もちろん平民として」
国王の片眉がピクリと動く。
「できるのか?」
「ちょっと手間がかかりますけど、ブレダン王子が王子だと認識できなくなる魔法をかけます。私の知り合いに働き手を探している牧場主がいまして。彼なら良い感じに使ってくれますよ」
その界隈では有名な兄貴と呼ばれている牧場主。ガラの悪い悪童をまとめあげ、仕事をさせてきた。
甘く育てられた良いとこの坊っちゃんを鍛えてくれ、と頼んだら喜んでこき使ってくれるだろう。朝早くから、夜遅くまで。
「しっかり稼いでくださいね」
意識が現実に戻っていないブレダンをおいて、私は話をすすめる。
「この条件をのんでもらえるなら、半額にしましょう。しかも、十年かけての分割払い」
「分割払い?」
「つまり、この半額になった値段の十分の一の金額を一年に一回、私に払ってください。それを十年続けたら満額になります」
「そういうことか。それなら払える」
「では、交渉成立」
私は国王とかたい握手を……シンに阻まれた。でも、交渉成立は成立。
※
あれから私は国全体に結界を張り直した。国王は乱れた国の復旧作業で不眠不休の毎日だけど、ブレダンを甘やかして育てたツケなので同情はしない。
一方のブレダンは牧場主にいい感じにこき使われ……いやいや、雇われているらしい。汗水たらして、しっかり仕事してもらいましょう。分割払いが終わる十年ほど。
王位は他の人が継ぐようなので、そこは問題ないし。
で、私は契約通り結界を維持する装置を準備していた。
神殿の中心に魔法陣を描き、その上に作っていた装置を置く。大きなクリスマスツリーぐらいの高さがあり、近くで見ると、なかなかの迫力。
「設計図通りなら、これでうまくいくはず」
組み込んだ魔力石に私の魔力を流す。すると、装置の歯車が廻り、魔法陣が輝いた。
地下からあふれていた魔力が一点に集まり空へと弾ける。そして、国全体をおおった。
「うまくいったみたいね。これで私がいなくても大丈夫だし、聖女を召喚する必要もなくなった」
満足な私の隣に立つシンが装置を見上げる。
「こんな装置を考える聖女なんて、ツカサぐらいですよ」
「そりゃあ、召喚された歴代の聖女の話を聞いていたら、みんな文化レベルが、この国と同等かそれ以下でしょ? 物作りなんて発想が、まずなさそうだし。それに、私はもともと工業技術系の学校出身だから。それっぽい設計図を書庫で見かけて、そこから実用レベルに発展させただけ」
私はうーん、と体を伸ばした。
「あとは定期的にメンテナンスして、私がいなくてもメンテナンスできる人を育てないと。その場合は弟子になるのかな? でも、私と似た魔力の人が良いから、子どもに継がせるほうがいいのかな」
私の呟きにシンが頷く。
「それは良いですね。私との子どもでしたら長寿になるでしょうし」
「え!? いや、待って。待って。そこまで考えてないし!」
「ツカサは私のこと、嫌いですか?」
いや、だから、その捨てられた子犬みたいになるのは卑怯だって!
「き、嫌いじゃ、ない……」
視線をそらして呟いた私の両手をシンが握る。驚く私の前でシンが両膝をついた。
「シンジバハーラ・リルケ・ミラルーツはツカサ・ワタリの魂に永遠の愛を誓います」
突然の誓い。
その言葉に私はグッと目の奥が熱くなった。
どうせみんな、いつかいなくなる。だから、誰とでも距離をとって、いつでも離れられるようにしていたのに。
独りが寂しくて。人が恋しくて。それでも、いつか離れる。それが怖くて……
なのに、そんなことを言われたら……
私はシンを見下ろして訊ねた。
「私をおいて消えない?」
「むしろ、あなたが私をおいて消えそうです」
「私より、先に死なない?」
「もちろん。エルフは長寿ですよ」
怖くて誰にも聞けなかったこと。
「ずっと、そばにいてくれる?」
「はい。あなたが嫌だと言っても」
その答えに私は苦笑いをした。涙が頬を流れる。床を濡らす前に私は軽く首を振った。
「そこは空気を読んでほしいな」
「空気? 空気は読めるものなのですか?」
言葉にくいついてきたシンをとめる。
「もう。そこは、あとで説明するから」
私はシンと同じように両膝を床につき、握られている手に額をつけた。
「ツカサ・ワタリはシンジバハーラ・リルケ・ミラルーツを永遠に愛することを誓います」
私の行動が予想外だったのか、シンが新緑の瞳を丸くする。
「いいのですか?」
「いいよ。一緒にいてくれるなら」
「では、さっそく帰ってケーキを焼きましょう」
立ち上がったシンが私を横抱きにして歩きだした。
「え? ちょ、なんでケーキ?」
「お祝いにはケーキなんでしょう? 今日はガトーショコラとやらに挑戦します」
「やった! ガトーショコラ、楽しみ!」
喜ぶ私にシンがそっと唇を落とす。思わぬ不意打ちに真っ赤になる私。余裕の笑みを浮かべるシンが魔法で転移した。
――――――――エルフの里の入口に、美味しいと評判の茶菓子店がオープンするのは、もう少し先のお話。
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