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決心は迅速に

「士官学校に興味はないか」

「…はい⁈」

 甚太郎は驚きのあまり言葉を失った。まさか、一兵卒にそんな声が掛かるとは思っていなかった。勿論、機会さえあれば、自分の頭が仕事や学問でどこまで通用するのか試したかったし、出来ることなら金をがっぽりと稼いで「金がないから学校にはやらない」と切り捨てた父親を見返したかった。だが、そんな機会はそう簡単には訪れない、いつ来るかと考えていたところだった。


「その気があるなら、試験を受けられるよう準備してやろう。どうだ、やる気はあるか」

「あります!」


 こういう時は考えては駄目だ。とにかく、先ずは決めてからだ。

「分かった。お前は計算が早いし機転が効く。腕っぷしが強いのに礼儀も弁えている。はっきり言って指揮官向きだ。陸軍に是非欲しい。勉強も苦ではないんだろう?」

「はい」

「では、詳しくは改めて伝える。要件は以上だ」

「はい、笹原2等兵、帰ります!」


 信じられないとは思ったが、この好機を逃す訳にはいかない。士官学校を卒業すれば、陸軍将校として安定した生活が約束される。中野伯爵ほどではないにしろ、社会的な信頼も得られるだろう。

 兵役が明けたら文子嬢を頼って料理人の道を目指すのもいいなと考えていたが、未知の世界への好奇心がそれを掻き消してしまった。


 甚太郎はふと、寂しそうに笑っていた詩織嬢の顔を思い出した。


 次の休日、文子嬢に士官学校を目指すことになったと告げると、「何でウチに相談してくれんかったん?」と酷く不機嫌になってしまった。


「連隊長直々の話だったから断れなかったんですよ」

「ほー、せやったら連隊長がええとこのお嬢さん紹介して『お前はこの娘と籍を入れろ、命令だ』って言うたら一緒になるんか?」

「いや、それは流石に…」

「それやったら何でさっさと決めてしまうん?もう会えへんくなるかも…」

「いや、それはないですよ」

「へ?」

「学校ですし、休暇もちゃんとあるので。今みたいにいつでもという訳にはいきませんが、休みになったら神戸(こっち)に来ればいいだけです」

「う、ウチに会いに来てくれるん?」

「迷惑でなければ」

「〜〜…!…な、ならええわ!」


 顔を真っ赤にした文子嬢を見て、とりあえずは機嫌を直してくれて良かったと甚太郎は思った。


 組織の大きな歯車にがっちりと捉えられ、後戻りできない所まで来ている事を甚太郎は知る由もなかった。

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