閑話 ある陸曹の行軍訓練
1960年7月
初夏の眩しい日差しの中、笹原弘宗3等陸曹は行軍訓練に臨んでいた。
背嚢の負い紐が食い込んだ肩にM1ライフルを掛け、ようやく足に馴染んできたブーツを軋ませながら田舎道を歩く。鉄帽がチリチリと焼け、直射日光に晒された首がヒリヒリしている。
そろそろかな…と溜め息混じりに気合を入れた時、ちょうど小隊長が声を発した。
「小隊!駆け足、進め!」
ホラやっぱりだ、と思いながら走り出す。
何の意味があるのかサッパリ分からないが、休憩の前に必ず走るのがこの行軍のセオリーだ。全くナンセンス、まあ訓練だからだろう。
ガッチャガッチャと装具を鳴らしながら走る。
少し経つと後ろの方から
「BAR手、落伍ォ!」
と悲痛な叫びが聞こえてきた。
BARは20連発の自動銃で、見るからに強そうだし機関銃と違って一緒に行軍や突撃も出来る優れものだ。ただ、ひたすら重い。弾倉も入れると10キロはあるだろう。BAR手が駆け足で落伍するのは毎回恒例だ。しかし駆け足行軍の目的は1秒でも早く目的地に到着することだから、落伍した仲間を助けることはないし、BARを代わりに持つこともない。後から追いついてくれ、という非情な判断が下される。
暑さと日差しで体力を削られた上で走るのはなかなかの苦行だった。目的地に到着した後、小銃手だけで警戒を続ける。
警戒配置を完了して数分後、BAR手がようやく到着した。泡を拭きながら倒れるように座り込み、汗や鼻水や色んな物が付着した顔を水筒の水で洗っている。なかなかに壮絶な光景だ。
もう少ししたら自分の番だと考えると、笹原3曹はゲンナリしてしまった。
しばらく忙しくて更新出来ませんでした…。
本編の方は今後の展開で気になる事があるのですが、父に聞く事が出来なくなってしまったため幾つかの可能性の中から想像で書いていきます。色々確認できるうちに書き留めておけば良かったですorz
父自身の体験談も面白いので、いずれまとめて書いてみたいなと考えています。
今しばらく閑話をお楽しみください。




