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何度目かの転機

 新兵としての営内生活をどうにかこなし、同期からの信頼も得た甚太郎であったが、闇討ちに遭った古参兵や一部の将校からは腫れ物扱いを受け、「出来れば隊から排除したい」と過激な意見を口にする者もいた。

 もっとも、内務はこれといって落ち度もなく、訓練でも優秀な成績を修めている初年兵を唐突に切り捨てる訳にもいかず、派閥争いに巻き込まれた挙句に上司としての管理能力についてチクチクと嫌味を言われる管理職の不満もかなりのものであった。


 ある日、甚太郎は大久保中尉から呼び出しを受けた。師団長以下、参謀の過半数が反中野派:対外強行論者を占める中で数少ない中野派の将校であり、「何かあれば連絡する」と甚太郎に告げていた陰のシンパである。


「笹原二等兵、入ります!」

「相変わらず威勢のいいことだ。まあ座りなさい」

「失礼します!」

 微かに煙草の匂いのする部屋で、微妙な笑みをたたえた中尉と対面する。


「笹原二等兵、君は『当番』として勤務してもらうことになるがいいか?」

「当番、ですか?」

「ああ、従兵と言ったほうがわかりやすいか。君は連隊長付の当番として、連隊長殿の身の回りの仕事をお手伝いするんだ。いいかな?」

「はい!笹原二等兵、連隊長付当番に上番します!」


 淀みのない兵士らしい即答に中尉は笑った。

「よろしい!君には期待している。…ああ、連隊長殿は師団の中でも数少ない『伯爵派』だから安心したまえ。あと、伯爵派であることは内密にしているから、くれぐれも粗相のないように」

「…はい」

 声を落とした中尉にならい、小さな声で返事した甚太郎の肩を中尉がポンポンと叩く。

「私からは以上だ。詳しい話は後日、曹長から伝えてもらう」


 その後、これといったやりとりもなく、「帰ります!」と元気よく申告して甚太郎は部屋から退出した。

 ほんの数分間の出来事だったが、甚太郎はしばらく中尉の部屋に滞在していたかのような錯覚に見舞われた。

 


「ほーん、それでその連隊長ドノのお付きっちゅうんが甚太郎の仕事になるんか」

 配置転換が間近に迫った頃の休日、定例となった文子嬢との会合で報告すると、微妙な顔をされた。

「それやったら休日もなんやかんやと仕事あるんと違うか?そんな兵隊らしくない仕事、まあ甚太郎には似合うてるかもしれんけど…あ、何やったらウチが手伝いに行ってもええんやで!」

「お嬢、流石に民間人を連隊長殿の当番の手伝いには出来ないかと…」

「…わかっとる!冗談や!」

 お嬢は顔を真っ赤にしていた。


「あまり無理せんといてな」

「勿論です」

 従兵の仕事がどれ程のものかはわからなかったが、友人が心配してくれることに甚太郎は感謝した。



 連隊長付当番として初の勤務日を迎えた日。副官との打ち合わせや諸々の調整を済ませた後、ガチガチに緊張した甚太郎は連隊長室のドアを叩き、申告に臨んだ。


「笹原二等兵、連隊長付当番に上番します!」

「声がァ、声が小さい!!やり直ォし!!」


 緊張しつつも普段通り元気よく申告した筈なのに、鼓膜が破れんばかりの怒声が返ってきた。


 これはまずいかもしれない、と甚太郎は思った。

色々ありまして大分更新が滞ってしまいました。

皆様におかれましても、健康には十分お気をつけくださいm(_ _)m

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