告げられた真相
悔し泣きで目を腫らしながらも、甚太郎は持ち前の神経のズ太さでしっかりと睡眠を取り、翌日は朝から気力を充実させていた。
助言にもあったように、教練の合間に先任の木暮曹長か上官である大久保中尉の所に行って相談しなければならない。甚太郎は、期待半分諦め半分といった心地で課業の支度を済ませていく。昨夜助言をくれた一等兵は、素知らぬ顔で飯をかきこんでいた。
座学や教練の合間に木暮曹長を探したが見つからない。昼休みに意を決して大久保中尉の執務室に向かった甚太郎は大げさに深呼吸した後、教わったばかりの入室要領で部屋に入った。
窓ガラスが震えんばかりの声量。直立不動で「笹原二等兵入ります」と申告するだけだが、初めてにしては上出来かなと甚太郎は思った。
「大久保中尉殿に用件があり参りました!」
「ああ、君か。とりあえず座りなさい。聞きたいことがあるんだろう?」
中尉は思ったよりも柔らかい雰囲気で迎えてくれた。甚太郎は早速質問をぶつける。
「中尉殿、私は一年志願兵として召集されたのではないですか?」
「ああ、それは…何かの手違いで、君は一年志願兵ではないことになっている」
「は?どういうことですか⁈」
甚太郎は頭に血が昇るのを堪えて言葉を待つ。
「真実を知りたいか?笹原二等兵。いや、中野伯爵の秘蔵っ子と言うべきか。知れば後戻り出来なくなるが」
大久保中尉が真剣な顔で問いかけてくる。甚太郎は黙ったまま頷いた。
「…笹原、お前には悪いが、これは軍内部の派閥争いの一部なのだ」
「どういうことですか?」
中尉は説明を始めた。
「中野伯爵は先見の明を持たれている。次の戦争では間違いなく我が国も巻き込まれ、このままでは国力の差で如何ともし難い列強諸国に潰されてしまう。伯爵はそうならないよう、軍事以外の手段でもってそれを回避しようと色んな手を発案され、陸軍中枢の一部を巻き込んで手を打とうとされていた。だがそれを心良く思わない連中がいてな。
そういう連中から将たる立場を追われ、今では病に臥せっておられるのは承知の通りだ。伯爵と繋がりのあるお前が陸軍で一寸の力も持てないよう根回ししたのは、奴等の仕業だ。ある意味、見せしめとしてな」
「そんな…」
「もう理解していると思うが、私も伯爵を尊敬している。しかし立場がな…。この師団は反中野派だ。気付いた時には手遅れだった。まさかこんな手を使うとは」
中尉は煙草を取り出して火を点けた。
「出来るだけの支援はするつもりだ。済まないが今は堪えて、頑張ってくれ」
「…はい。わかりました」
甚太郎は理不尽な仕打ちに納得していなかったが、同時に「伯爵に影響力を持つ存在」と見做されていることについては嬉しくもあり、複雑な気分になっていた。
中尉が「いずれこちらから連絡する」と言い放ち、これ以上話す事はないと判断した甚太郎は、「帰ります!」と元気よく敬礼して退室した。
部屋に一人だけとなった大久保中尉は、
「あれを捨て置くのは勿体無いしな…」と呟き、煙草の火を揉み消した。




