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入営

「何でだ…どうしてこうなった…!」

入営の日の夜、甚太郎は薄っぺらい寝具に包まり、悔し涙に頬を濡らしながら寝ることになった。


ー ー ー ー ー

甚太郎が入営するその日、やはり体調の優れない伯爵は見送りを出来なかったが、寝室で激励の言葉を貰えたのでそれ以上望むことは何もなかった。

徴兵検査の時と同じように、玄関では詩織嬢が見送ってくれた。

「すぐに戻ります」

と声をかけると、詩織嬢は嬉しそうに笑いながら頷いてくれた。人前で笑うなんて滅多にないことだなと甚太郎は思った。


連隊に向かう途中、文子嬢が挨拶に来てくれた。目を赤くしながら「外出できるようになったら、絶対にウチんとこ来るんやで!」と何度もしつこく言ってくるので、理由を聞いたら

「そんなん、えーと…そうや、兵隊さんに喜ばれるお弁当作りの情報収集に決まっとるやろ!」

と顔を真っ赤にして宣言し、そっぽを向いてしまった。

もう少しで連隊の正門というところで、「年頃の女性に見送られての入営なんて、上官達に知られたら何をされるかわからない」と説明し、不満げな文子嬢に離れてもらった。

いよいよこれから一年間(・・・)、兵隊として頑張っていこう。そう心に決めて門をくぐった。



私物を置き、軍装を支給されて慌しく着替え、営庭に整列。周りを見ると自分よりも年嵩に見える同期がずらりと並んでいる。

「諸君、暫くの間は娑婆とはオサラバだ!帝国陸軍軍人として相応しい、強い体と精神に鍛えるから、そのつもりでいるように!」

徴兵検査の時にいた将校による訓示。ああ、あの中尉は自分達の面倒を見る立場になる人だったんだな、と思った。

簡単な説明の後、生活について隊付軍曹から説明を受ける。新兵達は緊張を隠せない様子だったが、必死になって覚えていた。甚太郎は一人で生活する術を覚えていたし、環境の変化に馴染む訓練も出来ていたのでそれほどストレスを感じていなかったが、周囲の人はそうでもなかったようだ。


事件は夜の点呼前に起こった。

「貴様らぁ、まだお客さん気分が抜けてないようだな!」

当直の怒声が響き渡った。どうやら新兵の一人が寝床を整えず横になっていたのを咎め、周りの新兵達も巻き込んでお説教となったようだ。


「整列!」

当直の命令は上官の命令と同じ位大事なので、甚太郎達は素直に従った。いつの間にか当直の横に一等兵が数人並んでいる。

「貴様らの精神はブッ弛んどる!これから気合を入れ直すッ!」

横一列になった新兵は、当直と一等兵の鉄拳制裁を順番に受けることとなった。

甚太郎も殴り飛ばされ、久しぶりの感覚に顔をしかめた。階級や立場が無かったら殴り返してやるのに、と仄暗い心の揺らぎをどうにか抑え、姿勢を正した。


「いいか、貴様らは今日から3年間(・・・)、陸軍兵士として鍛錬に励むことになる!やれと言われたことは全身全霊を尽くしてやれ!」

あれ、3年間…?と甚太郎は一人パニックに陥った。

「一等兵殿、質問があります!」

甚太郎は、殴られるのを覚悟で質問する。

「私は一年志願兵として募集に応じ、ここに来ました。担当の軍曹殿もそのように説明をー」

「知るか!貴様に渡された令状に何と書かれていたか!」

甚太郎はふと、手交された書類のことを思い出した。生年月日や出生地がメチャクチャで、まるで伯爵の目を盗むかのように屋敷を訪れた軍曹に突き返したところ「上に確認しておくから、今日のところはとにかく受領しなさい」と押し付けられたのだった。


何かがおかしい。非常に不味いことになった…甚太郎が気付いた時には、既に手遅れだった。

「畏れ多くも天皇陛下から賜った軍務に不平をこぼすとは、それでも日本男児か!」

甚太郎はいきなり胸ぐらを掴まれ狼狽したが、このままでは取り返しのつかないことになると思い必死で弁明した。

「いえ、そうではありません。私は…自分は志願して入隊しました!しかし」

「しかしもクソもあるか!腰抜けが!」

そのままゲンコツを食らい、瞼の裏に火花が散った。何発か殴られ、フラフラになったところで漸く解放された。


当直は暗い笑みをたたえながら、今度は一等兵達に顔を向けていた。

「どうもこの隊の新兵は緩んでいるようだな。…お前ら、入営初日からどういう指導をしているんだ?ちょっと当直室に来い」

先ほどまで当直と共に新兵を締め上げていた一等兵達は、青い顔をしながら当直に続いて退出していく。

その中の一人が甚太郎に近付き、

「明日、曹長か大久保中尉に聞くといい」

と言い残して去っていった。


点呼の際、頬や目の周りが腫れた一等兵達が新兵の横に並び、よくわからないまま点呼は終わり、気付いたら嵐のような入営初日が終わっていた。


甚太郎は自分が志願兵として扱われていないことを認識し、何故こんな事になったのか必死に考えていた。もしや伯爵が…と邪推したくなるのを必死にこらえ、殴られても殴り返せない現状が悔しくなり、いつの間にか涙を流していた。


「仕方がない」と諦めるしかない状況に追い込まれるのは嫌いだったが、まさかこんなに早く挫折を再び味わうことになるとは思ってもいなかった。


ようやく軍隊編、言うなれば本編の始まりです。大変長らくお待たせしました…m(_ _)m


新年度になり、忙し過ぎて更新が滞ってしまいました。せっかく読んでくださっている方々には申し訳ありません。時間のある時に頑張って更新していきます。

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