伯爵の思惑②
さて、一体何が自分の中で起こっているのか、と甚太郎は自問自答した。何故、伯爵の誘いがこんなにも魅力的に聞こえるのか…少し考えたらすぐにわかった。
強さへの憧れだった。小さい頃から腕っ節には自信はあったが、それだけでは食べてはいけない。とはいえ、強くあるということは自分にとって一種の憧れであり、どうしようもない願望であった。強くあることと飯の種になることが一致している軍隊は、ある意味理想の職業であるといえた。
が、脳裏には今の仕事や弁当作りの仕事の楽しさがチラついている。伯爵の思惑通りに軍隊に入らずとも、好きな仕事で生計を立て、商売の世界で成り上がっていくことも楽しいだろう。
甚太郎は悩んだ。
「そうか、あまり性急に答えを求めてはいかんな。また私の悪い癖が出てしまったよ。申し訳ない」
伯爵は本当に申し訳なさそうに告げると、少しの間考えこんでいた。
そして、口を開くと意外な言葉を発した。
「甚太郎君、軍に志願してはどうだい?」
「は…志願兵ですか?」
「ああ。志願すれば兵役は17歳から就くことができるし、1年で兵役を終えようと思えば終わらせることもできる。軍隊が気に入ればそのまま士官候補生を目指してもいい。…もちろん、除隊して中野伯爵邸に戻ってきてくれてもいい。詩織はそのほうが喜ぶだろうしな」
伯爵はしたり顔で説明した。
無理矢理軍隊に入れるよりも、選択肢が多いほうが本人のためだろうと伯爵は考えていた。戦争が始まってしまえば、彼のような人材はすぐに戦時昇任で将校になるだろうし、最前線で摺り潰すには惜しい逸材だと誰でも気付くに違いない。軍人の道を拒むのなら、自分の跡を継がせるのもいいだろう。
「…わかりました。17歳になったら軍隊に志願して、自分に合わないと思ったら早く戻ってくることにします。詩織さんが喜ぶかはわかりませんが」
妙にワクワクしてくる気持ちをどうにか抑えながら、甚太郎は言葉を返した。
甚太郎がこの選択を後悔することになるのは、まだ少し先の話であった。
甚太郎が退出して暫くの後、中野伯爵は自室の軍刀の前で佇んでいた。
「私は馬鹿な男だと思うだろう?廣継よ…」
命を賭して戦うことでしか結局この国を守ることはできない、と諦めている自分が情けなく、それを自分の義娘の婿にしてもいいとさえ考えている少年に強いるとは、愚の骨頂だと感じていた。しかしあれ程の才能があれば、我が軍は確実に強くなるだろう…。
やはり自分は馬鹿なのだ、と伯爵は独りごちた。




