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伯爵の思惑①

甚太郎が15歳になって暫く経ったある日、中野伯爵に声を掛けられ、久しぶりに伯爵の部屋へと案内された。

「甚太郎君、少しいいかな?」

いつになく真剣な顔で甚太郎に向かい合う伯爵。

「実は君に謝らなければいけないことがある」


苦虫を噛み潰したような顔で伯爵は話し始めた。

屋敷に甚太郎を招いた当初、商会の仕事をしつつ詩織嬢の話し相手にでもなってくれればいいと考えていたこと。

甚太郎は予想以上に仕事が出来、詩織嬢の人見知りも予想以上に改善したため、出来れば暫くの間は屋敷に残ってほしいと考えを改めたこと。

そして、詩織嬢の人見知りがほぼ克服され、ぎこちないながらも他人と接することが出来るようになった時、甚太郎自身の将来をもっと考えるべきであったと後悔したこと。

「恥ずかしい話だが、私は君の行く末をしっかりと考えていなかった」

「いえ、こんなに良くして貰っているのに、これ以上の贅沢は言えません」

「そう言って貰えると嬉しいが…。今更ながら、君を陸軍幼年学校に推薦しておけばよかったなと思ってね」


「陸軍幼年学校、ですか?」

「ああ、ちょっと説明が足りなかったね、申し訳ない。そうだな…以前に、経済で戦争するという話をしたことは覚えているかい?」

「はい」


伯爵は何かを確かめるように、ゆっくりと話し続ける。

「残念ながら、あれはあくまでも理想論なんだよ。国同士の戦いにおいては武力は不可欠だ。豊かさだけでは戦えない。人間だって、力のない者には従わないし、言う事を聞こうともしないだろう」

「そうですね…」

「これからの国際社会にあって我が国を守る為には、我が国も強い軍隊を持つ必要がある。力があればこそ平和を守ることができる。『平和を欲さば、戦争に備えよ』と古代ローマでも言われていたのだよ」

甚太郎は聞き慣れない言葉に戸惑いながらも、伯爵の真意を聞き出そうとしていた。

「しかし、それと私がどう関係するのですか?」

「この数年ではっきりと認識したが、君には非凡な才能があるようだ。複雑な計算もスラスラと解けるし、どんなに広い空間も手に取るように把握できる。なにより、多くの人間に対して適切な指示を出して思いのままに使役することができる。

これらは皆、軍隊の指揮官に求められる能力だ」

「それは言い過ぎではないですか?私はそんなに出来た人間ではありませんよ」

「そんなに謙遜しなくてもいい。ただ、私が唯一口利きのできる世界で、君に活躍して貰えたら、と思うと些か残念でね」


答えに困った甚太郎が伯爵から視線を逸らすと、その先には軍刀が置かれていた。

「私は戦争で息子を失ったが、軍隊を恨んでいる訳ではない。中野家は代々、この国の安寧の為に戦ってきた。強い軍隊を作るためにうってつけの人物が目の前にいたら、口説き落としたくもなるのだよ」

甚太郎は、存外に高く評価されていたことを知って驚いた。そして、本来なら「軍隊は嫌だ」と拒否すべき筈なのに、ワクワクしていることに気付いてしまった。

長くなったので2回に分けてUpします。

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