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兄貴と大事なお勉強


甚太郎が神戸に来てから1年以上が過ぎた。


中野伯爵の手掛けている商事会社の仕事にも慣れ、今では仕事以外の時間に詩織嬢の勉強に付き合うなど、甚太郎は充実した時間を過ごすようになっていた。

港の倉庫では相変わらずヤン兄貴のシナ語指南が行われており、甚太郎も詩織も簡単な会話ならほぼ通訳なしでこなせるようになっていた。詩織がいない時は、甚太郎に対してヤン兄貴の「秘密授業」が行われ、甚太郎は男と女の関係についてそれなりに知ることとなった。ヤン兄貴は面白がっていたが、甚太郎は今まで何も知らないウブだったことを恥ずかしく思い、終始赤面していた。

ヤン兄貴によると、文子の甚太郎に対する態度はあからさまだったようで、「何や、そんな絵に描いたようなホの字に何で気ぃつけへんのや」とゲラゲラ笑われてしまった。

「そんな経験はなかったし、恩人というか友人として文子さんとは良い関係でいたいと思っているので…」

と言い訳すると、

「子供のうちはそれでええけどな、女っちゅうんは俺達の考えてるより成長が早いんや。いつそういう決心を迫られてもええよう、覚悟は決めとかなあかんぞ」

と脅された。しかし、

「まあ、互いに覚悟が決まらんうちは適当にはぐらかしとけばええんや。心地良えんやろ?今の関係」

ヤン兄貴は優しい顔になって続ける。


「小僧、男でも女でも友達は大事やからな。面白がって言い過ぎたけど、その子のことがホンマに大事なら成り行きに任せとくのも手や」

甚太郎の肩をポンポンと叩き、先輩風を吹かした。

「ありがとうございます。自分の気持ちが整理できるまでは大人しくします」

「せやな。…若いってのはええもんや」

ふと、寂しそうな顔をしながらヤン兄貴は呟いた。


「ホンマのことを言うたら、仕事のことを考えると俺は中野のお嬢様とネンゴロになってほしいんやけどな?どないやねん」

「へ?し、詩織さんとは何もありませんよ!一緒に勉強したり遊んだりはしてますが…」

「ほお!あのかわいげのない鉄面皮が!小僧、なかなかの手練れやな…」

「ヤン兄貴、やめてくださいよ!この後3人で会う約束してるんで変に意識するじゃないですか」

「何や、そらおもろいやないか!」


揶揄われて恥ずかしくはあるが、カラカラと笑うヤン兄貴を甚太郎は頼もしく感じていた。

ヤン兄貴もまた、異国の少年に対して少しずつ心を開いていた。


甚太郎の人たらしは国籍の壁を容易に越える。本人は気付かないが、甚太郎の運命は少しずつ忍び寄ってきていた。

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