勉強と友情とちょっとした思惑
「港に行ってシナ語の勉強しとるん?甚太郎はほんまに何でもしよるなぁ…」
弁当の下拵えを手伝いながら、甚太郎は文子嬢に近況報告していた。以前よりも顔を合わせる機会が減っていたが、お嬢とは良好な関係を維持している。
「最近は簡単な会話ならできるようになったんですよ。そしたらクーリーの人達もだんだん親しくしてくれるようになって、仕事も捗っています。やはり相手の言葉を理解するのは大事ですね」
お嬢は自分の知らない世界で活躍する甚太郎の様子を想像して、頼もしく思うと同時に寂しくも感じていた。いずれ手の届かない世界に行ってしまうのではないか、と不安になる。
「そういえば、お嬢様とは最近どないしてるん?」
「詩織さんですか?一緒にシナ語を習うこともありますね」
「な…⁈」
「それに以前と違って普通に会話もするようになったんですよ」
「何やて…」
「折角話をする様になったし、休みもそれなりに取れるので、何か勉強会みたいなことが出来ればいいなと考えてるんです。和歌の鑑賞会とか、百人一首なんて面白いなと「ウチもや…」」
「え?」
「ウチもその会に参加する!お、面白そうやん」
「別にいいですけど、詩織さんに聞いてからでいいですよね?」
「そ…そらそうやな。ほら、ウチも最近は色々勉強しなさい言われてるからな。丁度ええ機会やわ。ウチも小さい頃は文学少女って評判やったんやで!いやー和歌なんて久しぶりやわぁ。ハイカラな芸術もええけど、文学的美意識を磨くのもレディの嗜みやで。ほな、よろしゅう頼むで?」
突然早口になったお嬢に面食らった甚太郎は、ただ無言で頷いた。
唐突に3人の「和歌を嗜む会」が計画されたが、意外なことにお嬢様に快諾され、無事に開催されることとなった。
それから暫くの間3人の会は続き、他者との意思疎通が大の苦手であったお嬢様のコミュニケーション能力向上に役立った。相手が心地良いと思う対応を無意識に取ってしまう甚太郎よりも、文子嬢の些か積極的過ぎる関与が好影響を与えていた。
「何で2人仲良うするのを指咥えて見てなあかんねん…!」
文子嬢の執念が生んだ結果であることを、当の本人は全く気付いていない。
多感な青春時代を信頼できる友人と過ごせたことは、3人にとって大きな糧であっただろう。
しかし、尊い時間は永遠には続かない。




