你好、楊大哥
ヤン兄貴と呼ばれた男がゆっくりと近づいてくる。シナ語が分からない甚太郎は一瞬パニックになりかけたが、
「新しい担当って、小僧か?」
とニヤニヤしながら日本語で話しかけられた。
表情からすると言葉が分からず焦った事を見抜かれたようで、甚太郎は少しだけ悔しかった。
「俺はヤン、みんなからからはヤン兄貴と呼ばれている。ヤンさんでもヤン兄貴でも好きに呼んでええ。日本語も少しなら出来るから心配無用や」
流暢な日本語で自己紹介された。一本取られてしまった、と思いながら甚太郎も自己紹介する。
「笹原甚太郎です。よろしくお願いします。…ニ、ニーハオ」
ヤン兄貴は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「相手の国の言葉で挨拶か。勉強熱心やな、小僧。偉いぞ」
「ありがとうございます。まだまだ勉強しないといけませんが…」
「あー、挨拶はもうええわ。仕事の話をしよう」
ヤン兄貴は切り替えが早かった。
まだ子供である甚太郎を相手に、ヤン兄貴は多少の先輩風を吹かしながらも誠実に対応した。甚太郎は自分を仕事相手として扱ってくれることに喜んでいた。以前は子供だからと侮られて酷い目に遭わされたこともあり、ちょっと感動していた。
港で働くようになった甚太郎はすぐに仕事にも慣れ、1か月もするとヤン兄貴と雑談を交わすようになっていた。
ある日、甚太郎はヤン兄貴にダメ元で聞いてみた。
「ヤン兄貴、シナ語を教えてくれませんか」
「どないした小僧、興味あるんか?」
「はい。シナ人と仕事するにはシナ語を話すのが一番です。ヤン兄貴も日本語を話せるお陰で仕事が上手く出来ていると思います。シナ語を覚えれば、世界中のシナ人と仕事ができます」
ヤン兄貴はニヤリと笑った。
「ほう。たしかにな。賢いやっちゃな」
それからヤン兄貴のレッスンが始まった。
クーリーだシナ人だと相手を侮ることなく、相手に敬意を持って接する甚太郎にヤン兄貴は興味を持っていた。
(小僧、大人になったら結構な大物になるかもな)
ヤン兄貴はつまらない仕事よりも甚太郎を育てることに面白味を感じていた。




