伯爵の招待
甚太郎を招待してくれた紳士は、中野という伯爵だった。伯爵家に招待された事を店に報告しなければならないと思った甚太郎は、とりあえず店に戻り、文子嬢に話すことにした。
「…それでお嬢、中野家って商売とかしてるんですか?」
「せやなぁ、ご当主は元々軍人さんらしいけど、今は貿易商や。最近はシナとの取引で景気の良えお家やって聞くけど…」
「けど?」
「跡取りの一人息子が若いうちに戦死なさって、今いてるお嬢さんは遠縁の養子やって噂やで。ちょっと変わったゆうか、付き合いの悪い子でウチも苦手やなぁ…何度か会うたことはあんねんけど」
「そうですか」
お嬢は頬杖をつきながら話している。最近、態度が砕け過ぎているのではないかと甚太郎は少し心配になった。奈緒のほうが余程お嬢様らしかったな、と親友の妹のことを思い出した。
「何や甚太郎、あの子に会うたん?」
「旦那の付き人みたいにしている子がいるのは見ました」
「そか。多分その子が中野さんとこのお嬢様や。見た目は美人さんかもしれんけど、愛想無いし何考えてるのかわからんし、お嬢様に失礼にもなるから甚太郎もあまり仲良うしたらあかんで」
「勿論、そんなつもりはありませんよ」
「ならええねん」
お嬢は注意を素直に聞き入れたせいか満足したようだった。
数日後の昼、休みを貰って中野家の遣いの迎えを待っていると、なにやら外が騒がしくなっていた。恐らく迎えが来たのだろうと思い表に出てみると、そこには立派な自動車が停まっており、上等な服を完璧に着こなした少女が立っていた。
「これは…」
甚太郎は焦った。正真正銘、あの旦那、中野伯爵は本物の貴族だった。今更ながら再認識し、緊張してきた。
「笹原様、先日はありがとうございました。旦那様がお待ちです。どうぞ、お乗りください」
鏡のように磨かれ黒光りする自動車のドアを開け、乗車を促された。
「この度はお招きありがとうございます。お世話になります」
覚悟を決めて自動車に乗り込む。
視界の端に驚愕の表情でこちらを凝視しているお嬢が見えた。俺も驚いてるんだよ、みっともない顔で見つめないでくれ、と甚太郎は思った。




