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笹原甚太郎は雌伏の時を過ごす

投稿初心者です。よろしくお願いします。

笹原甚太郎は満足していた。きっかけは決闘という男の子らしいイベントであったが、野望を叶えるための力強い仲間を得ることができた。材木問屋の跡取り息子、福山完二。馬乗りになってタコ殴りにしたせいか、「野望に手を貸せ」という無茶な要望にもすんなりと応じた。やはり男の交渉事は腕っぷしだ。


野望の実現に向けた重要なステップ、商売のイロハを身につけるには完二の父親に教えを乞うのが手っ取り早いと甚太郎は考え、ほとぼりが冷めた頃に完二の家へ挨拶に行った。大旦那こと福山の親父殿は「完二に友達が出来た」と大喜びし、とびきり上等な内装で彩られた応接室に招かれた上、自宅では絶対に口に出来ないであろう洋風の焼き菓子と、妙に苦くて変な色のお茶が振る舞われた。友達とは…まあいいだろう。「決闘で殴り倒して言いなりになっている」なんて親が知っても悲しむだけだろう、と甚太郎は考えた。

商売について教えてほしいと頭を下げたところ、「甚太郎君なら大歓迎だ」と快諾され、週に何回か完二と共に商売に必要な知識を教わることになった。恐らく完二に教えるついでだったのだろう。

農作業の合間に勉強するというのはなかなかに大変だが、野望のためには必要な努力だ。


福山商店に出入りしているうちに、甚太郎は従業員や福山家の人達とも仲良くなっていった。完二の妹にも「じんたん」と呼ばれ懐かれている。響きが仁丹みたいだし、子供とはいえ女の子から渾名で呼ばれるのはムズムズする。やめろと言いたいが、かわいそうなので今は言わないでおく。男はジェントルでなければならない、と最近色気付いてきた亥之助兄に教わったのだ。ジェントルとは何なのか亥之助兄に質問したが、「人から教わって身につくようなものではない」と神妙な顔で諭された。よくわからないが、こういう時に女の子を思いやるのがジェントルということなんだろう、と甚太郎は考えていた。


「いいか奈緒、女の子はレディを目指すんだ。レディらしく、大旦那と女将さんの言い付けをよく守るんだぞ」

「はい!なおはがんばります!」

完二の妹の奈緒は、完二と違って素直で良い子だ。頭も良い。甚太郎が福山商店で商売のイロハを教わりはじめて以来数ヶ月、奈緒はあっという間に平仮名の読み書きができるようになっていた。休憩時間にせがまれて文字を教えていたら、どんどん覚えていったのだ。甚太郎の弟や妹は何故か龍馬兄にベッタリで兄らしいことは全然出来ていなかったので、甚太郎にとっても奈緒の成長を助け、その様子を間近で見られるのは嬉しかった。


ある日、勉強を教えてくれたお礼だと言い、奈緒が自分で作ったらしい小さな花束とお礼状らしき手紙を渡された。

「なおはじんたんのおかげでひらがなを覚えることができました。ありがとうございます!」

「ありがとうな。奈緒は贈り物もすっかりレディだな、偉いぞ」

甚太郎が適当に誉めたところ、奈緒は顔を真っ赤にしてトテトテと走り去ってしまった。大旦那はその様子をニコニコしながら見守っていたが、便所から戻ってきた完二は走り去る奈緒を一目見るなり「甚太郎、奈緒に何したんだ!」と凄い剣幕で詰め寄り、危うく喧嘩になるところだった。

奈緒に貰った手紙には和歌が書かれていたが、いまいち意味がわからないため千代姉に解説を依頼した。千代姉は険しい表情で暫く手紙と睨めっこした後、「あんた、友達の妹に何教えてんの…」と呆れ顔で呟いた。

 「いまこむといひしばかりにながつきのありあけのつきをまちいでつるかな」

難しい顔をした千代姉の説明によると、「約束をすっぽかされて待ちぼうけ」という内容を風雅に詠んだ歌らしい。少しおっとりしたところのある奈緒らしい歌だが、「長月の有明の月」と月を重ねるあたり、やはり美的感覚が優れているなぁ、と甚太郎は感心していた。


そうして、甚太郎は穏やかながらも野望の実現に向けた雌伏の時を過ごすのであった。

この物語は、父から聞いた祖父の半生をベースにしていますが、曖昧な点や不明な点は想像で書いていきます。また、満洲国の描写は、終戦当時小学生だった父の記憶によるものとなりますのでご了承ください。

時代考証についても、素人の趣味の範疇であることをご理解いただけると幸いです。

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