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ただ、ぼんやりした不安

神戸駅での弁当販売を始めておよそ3か月、甚太郎はすっかり仕事に慣れるとともに、心も体もそれなりに成長していた。雇われの身とはいえ、かつての自分では考えられなかったであろう生活の安定感、日々少しずつ変化していく街の様子を眺める高揚感、そういった感覚に満足していたが、同時に、自分の手で未来を切り開いていく達成感を得られないことへの焦りも僅かながら抱いていた。

果たして自分はこのままで良いのだろうか。


未だに売り子の仕事が中心ではあるが、助手や助言役として厨房に立つことも幾度となく経験するうちに、料理の面白さを感じるようになっていた。流行を分析し、人々の好みを押さえながらも飽きない献立を考えたり、弁当に向いた調理方法だとか、逆に弁当ではなかなか食べることが出来ない料理を弁当にする方法だとか、様々な角度で料理を考察したりと、知的好奇心を常に刺激されている。

もしこのまま料理の道にどっぷりと浸かってしまったら…と甚太郎は考えた。恐らく、周りの人達は相応に自分を助けてくれることだろう。将来的には上手くいけば店を1軒ぐらい任せてもらえるかもしれない。故郷へ錦を飾るという夢も、あまり高望みさえしなければ十分実現可能だろう。


しかし、本当に自分はそれでいいのだろうか。

そのまま弁当屋か料理屋の店主に収まり、事業をどんどん拡張する。楽しくて幸せな生活が待っているだろう。でも、何か違う気がする。

何故かわからないが、甚太郎は不安に襲われていた。


ただぼんやりした不安。

思春期や青年期に訪れる、鼻風邪のようなものだと割り切るには、甚太郎はまだ少し幼かった。

この不安に駆られた焦りがきっかけで人生が変わることなど、甚太郎は知る由もなかった。

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