商売人の才能
弁当の販売員として働くことになった甚太郎は、とりあえず弁当屋の作法を学ぶことにした。要領を掴むまでは難しいかと思ったが、既に商売の経験があるせいか、思ったよりもあっさりと要領を把握することができた。何も困らない、これは上手くいきそうだ、と甚太郎は思った。給料は決して高くはなかったが、家賃がかからず食事もついているので、貰った分をほぼ貯金に回しても問題ない。当面はここで働こうと決めた。
甚太郎が弁当屋『明治屋』で働き始めておよそ1か月、売り上げもそれなりに安定してきた。
自分をスカウトした自称看板娘の文子は、やたらと騒がしく初めはあまりいい印象ではなかったものの、ちょくちょく話をしているとそんなに悪い人間ではないことがわかったので、あまり邪険にしないよう気をつけていた。商売熱心、というか勉強熱心で、甚太郎が焼芋を売り歩いたり建築資材を取引していた時の話を熱心に聞き、自分なりの考えを披露して批評を求めてきた。そういえば奈緒も勉強熱心だったなと思い出し、懐かしい気分になった。
ある日、仕事の話がいつの間にか身の上話になり、学校の話題で盛り上がっていたところ、実は文子が歳上だったという事が判明し、ちょっとした騒ぎになった。
「はぁ?甚太郎さんが歳下とか、ウチ聞いてへんけど!何でやねん!」
「そんな事言ってもお嬢、事実は事実だから」
「今の今まで自分よりも歳上や思てたのに…アホらし!何でそんな歳上ヅラしとんねん!」
「…いや、お嬢が子供過ぎるだけじゃ「何やと!ウチのこと騙しといて何やの!どないしてくれんねん!」
「どないもこないも…って、何をどうしろと?」
「…!もう知らん!」
顔を真っ赤にして文子が部屋を出ていき、ようやく静かになった部屋で甚太郎は少し反省した。自分が悪者にされ思わずイラッとして「子供」と言ってしまったが、いや事実歳下と思える位には見た目も仕草も子供っぽいのだが、レディに対する態度ではなかった。レディにはジェントルであれという兄の教えは正しかった。
翌日、文子と顔を合わせるなり「昨日は失礼しました」と謝った。突然の謝罪に文子は驚いていたが、「わかったらええねん、ウチも言い過ぎたし…」とモジモジしながら応えてくれた。
「ところでさ」
「はい?」
「あんた、気ぃつけや。自分ではわかっとらんかもしれんけど、人たらしかペテン師の才能あるで」
「な…!何でです?」
「ウチ、昨日まで甚太郎さ…甚太郎のことを歳上や思て接してたんやけど、何もおかしいことなかってん。普通、誰か気付いて教えてくれるやろ?みんなウチよりも商売経験豊富な人間が来てくれたって喜んでたし、商売人としては信頼されるってのも大事な才能やしな、…別にええんやけど。それに、歳上とか商売とか抜きにしてもなんか話してるとなんや、その…って、何言わしとるんや!アホ!」
顔を真っ赤にして怒られた。文子は余程不愉快な思いをしたのだろう。今後は努めてジェントルに接するしかない。
「お嬢、別に莫迦にするつもりはありません。忠告ありがとうございます」
「わ、わかったらええねん!…でも、人たらしはお客さんに受けがええからな」
「わかりました。常連さんが沢山できるよう頑張りますます」
「そういうこっちゃ。…商売繁盛やで」
見た目不相応な不敵な笑みを作って捨て台詞を残し、文子は満足そうな様子で去っていった。そういう所が子供なんだよな、と甚太郎は苦笑した。
何気ない会話の筈だが、甚太郎の将来を暗示するかのような指摘であったことを本人達はまだ知らなかった。




