笹原甚太郎は大志を抱く
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八幡の町外れにある笹原家は、平均からすると少し裕福な農家だ。四男二女の賑やかな兄弟は揃って勉強ができ、体も丈夫で農作業をよく手伝い、よく遊んでいた。
特に三男の甚太郎は「学校始まって以来の秀才」と言われ、長男の亥之助を差し置いて勉強も運動も一番よく出来ると評判だった。お調子者で向こう見ずな所が唯一の難点だが、将来は何か大きな事を成し遂げてくれる、そんな期待をさせる不思議な魅力を持っていた。
もっとも、甚太郎がどれだけ優秀な人間だったとしても、高等学校に進学できるのは長男の亥之助だけと決められており、甚太郎は三男でどうせ家を継ぐのは亥之助兄か次男の龍馬兄とハナから決まってるし、いつか家を出なければいけない…と10歳にも満たない頃から未来予想図に諦めを感じていた。
上から2番目の千代姉は、いいとこの跡取り息子に見初められ、いずれ嫁入りすることが既に決まっていた。甚太郎の野望をいつも真剣に聞いてくれるよき理解者だが、そのうち他家に嫁ぐという事実を耳にした甚太郎は近頃更に不機嫌だった。
ある日、材木問屋の倅から喧嘩を売られた。理由はよくわからないが、「百姓の三男坊が勉強できて何の得になるのだ」とイチャモンをつけられ、甚太郎はひどく頭に来た。
「決闘だ、学校が終わったら裏山に来い!」
日頃のイライラを解消するチャンスだと鼻息を荒くして、甚太郎は相手を睨みつけた。相手も一切怯むことなく睨み返してくるが、どうやら大したことはなさそうだと甚太郎はほくそ笑んだ。野郎、タコ殴りにしてやる…!
決闘場所で再会した数分後、甚太郎が材木問屋の倅に馬乗りになってボコボコにしているところを通りがかりの千代姉に見つけられ、こっぴどく叱られた。
命拾いした材木問屋の倅は、甚太郎の頭にゲンコツを落とす千代姉に見惚れ、鼻血を出しながら鼻の下を伸ばしていた。莫迦野郎、と甚太郎は思ったが、千代姉の弟であることに誇らしさを感じた。
「おい、材木問屋の倅」甚太郎は喧嘩相手に話しかけた。
「福山完二じゃ、このジャリタレ」
「おう、福山。今日は千代ねぇ…姉貴の顔に免じて命までは取らねえ。その代わり、俺の言う事を聞け」
「決闘に負けたのは俺だ。何でも聞く。しかし何させる気だ?」
甚太郎はニヤリとしながら語り始めた。
「いいか、俺はそのうち大きな事をやる。そのために勉強してるんだ。お前の家は立派な材木問屋で、資金も伝手もある。いつか俺が事を成す時に力を貸せ。損はさせない。男同士の約束だ」
甚太郎の言葉を聞いた福山完二は、家業を褒められてこそばゆく思いながらも答えた。
「大きく出たな。まあ、約束するが…」
「だからタダでとは言わねえよ、ちゃんと払うもんは払う。計算は得意中の得意だぞ。知ってるだろ?」
果たしてどこまで本気なのかわからないが、甚太郎の表情を見た福山完二はどうやら本気らしいと悟った。
「ああ、そうだな。俺ん家の損にはならないようにさせてもらうけどな」
2人は夕日を背に握手を交わした。
この物語は、父から聞いた祖父の半生をベースにしていますが、曖昧な点や不明な点は想像で書いていきます。また、満洲国の描写は、終戦当時小学生だった父の記憶によるものとなりますのでご了承ください。
時代考証についても、素人の趣味の範疇であることをご理解いただけると幸いです。




