或る陸軍少尉の戦闘 2(回想)
ーーー前日ーーー
第1小隊が死守している陣地は、元々中隊が配置される予定であった。第1小隊が陣地を制圧した後に続く筈だった中隊主力は、敵の砲撃によって前進する前に大打撃を受け、後方で補充を受け再編成中であった。
その日、連絡壕伝いに細々と続く補給とともに、中隊長の命令が伝達された。
「中隊主力は再編成を完了し、前進を再開する。第1小隊は、明日の敵襲に際して堅確な陣地防御によりこれを撃退、その後逆襲に転じて正面の台に残存する敵を一掃し、中隊主力の前進を支援せよ。中隊への復帰は別命する。」
なるほど、と小隊長は思った。唐突に始まったこの2日間の戦闘で戦力のほぼ3割を失い、このままいけばあと数日で小隊は全滅する。わざわざ再編成を完了した中隊に復帰させるよりも、敵陣に突っ込ませて膠着状態を打破するきっかけか、せめて敵情を知る為の撒き餌にしたいということだろう。絶体絶命という訳だ。
いつかこういう命令が下るだろうと内心覚悟はしていた。伯爵家の出身で前線指揮官が務まる程度の能力を持ち、戦死しても大勢に影響ない立場の人間。華族の跡取りが部下と共に戦場で散るというのは、民衆の人気取りにはもってこいの話題だ。
中野家は主に戦功で叙爵された家であり、中野少尉は子供の頃から「国の為、民の為になるような何かを成しなさい」と教えられた。予備役として軍に籍を置く父親の影響もあり、陸軍将校を目指すことに疑問はなかった。敵と対峙し、身をもって国家と国民を守ることには大きな意味があり、身命を賭すに値する使命だと考えていた。
今回の作戦も、決して無駄死にという訳ではない。
ただ申し訳ないのは、若輩者の自分を「小隊長」と慕い、今まで付き従ってくれた部下達を道連れにすることだった。
「分隊長集合」
分隊指揮官に集合をかけ、明日の戦闘について説明する。
「…つまり、砲撃が止めば翌日まで敵の火砲は沈黙し、突撃の後に敵陣地に残る兵力はごく僅かと推察される。
命令、小隊は明日、敵の突撃を撃退した後、逆襲を行う。正面の台に残存する敵散兵を狙撃しつつ一斉前進し、横一線隊形を維持したまま突撃、敵陣を制圧。突入位置、1分隊は中央、二股杭から壁銃眼まで。2分隊は左翼、二股杭から左、3分隊は右翼、壁銃眼から右とする。質問」
「「「なし!」」」
自分よりも部隊歴が長く、出兵前の猛訓練を通じて自分の指揮について理解してくれている各分隊長は、小隊長の意図をよくわかってくれていた。中野少尉と少しだけ違うのは、上手くいけば小隊が生き残れると考えていることだった。
「なお、緒方曹長、木暮軍曹は現在地を保持、中隊と合流し現況を報告せよ。小隊への復帰は敵陣地制圧後、別示する」
突然の指示に曹長と3分隊付軍曹は動揺した。
「あまり大きな声で言えないが、中隊の指揮には今一つ不充分なところがある。我々が背中を撃たれないよう、中隊の面倒を見てやってくれ」
中野少尉が真面目な顔で説明すると、2人は苦笑しながら頷き「了解しました」と返事した。
中野少尉も表情を崩し、
「中隊長殿もまさか掌握不十分なんて言われたら怒るだろう。さりげなく補佐するように頼む」
と釘を刺した。
半分は本音、半分は嘘だ。全員一緒に三途の川を渡る必要なんてない。2人を選んだのはただの贔屓だが、中隊の役にも立つだろう。
堪忍してくれ、と心の中で呟きながら、中野少尉は会議を終了した。
本編の戦闘シーンも、こんな感じの書きぶりになるかな…という習作の意味も込めて書いています。もう少し続きます。ご了承くださいm(_ _)m




