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ショート 画面越しに

作者: 間の開く男

 リビングから書斎へと戻る。コーヒーは湯気を立てるはずもないが、ついつい冷やそうとしてしまう。

 端末の画面を覗くと、先程までの話題はすっかり流れ去っていき、今度は襲撃者をどうやって撃退するかというトークで盛り上がっているようだ。

 

 別の場所では「ここのが美味しかったからオススメ」「その近くならこういうのもあるぞ」などと画像つきでやり取りしていたり、美白グッズの批評や秋冬コーデについて語り合う御婦人方もいらっしゃるようだ。

 

 我々にとって厳しい季節。一秒でも長く家に籠もっていたくなるような暑さと陽射し。

 しかし椅子で画面を眺めつつ、たまにキーボードをカタカタと鳴らすだけでも、腹は減る。

 

 カーテン越しに外を眺めるとまだ明るい。このぐらいなら気温もある程度下がり始めているのだろうが、腹の虫はもう少し後でも許してくれるだろうか。

 

 ふと、画面の中の単語が、ひとつのキーワードが目に留まる。

「流れるプールであそんでみたい」

 開く。どうやらまだ子供のようだ。こんな子も情報ツールを使うような時代になってきたのだなぁ、と実にオッサン臭い感想を抱きつつもスクロールする。

 

 同世代の子が周りに居ない、厳しい両親に育てられて文字通り箱入り娘。なるほど……確かに外で遊びたい年頃なのだろう。

 私以外にも多数がここを見ていたのか、そのうちの一人がしびれを切らして質問する。

 

「夜中にこっそりと抜け出してみたら?」

 ……悪いオトナだ。きっとこの魅力的な提案にすぐ乗ってしまう――と思ったが、しっかりとした答えが返ってきた。


「お母さん心配させたくない」

 ――お父さん、ちょっと可哀想じゃないか。

 それでも、私の空想する少女は言葉を下に付け加えていく。

「遊びたいけど遊べない。みんなこんな気持ちで過ごしていたの?」


 ……顔の見えない少女へと私は呟く。

「小さい頃は外で遊んでいたが、そんなに良いものじゃない。どうして、外で遊びたいんだね?」

「家の中は狭くて、つまんない」


 遊び相手が欲しい。仲間が欲しい。そんな彼女を私は何かしらで手助け出来るんじゃないか。

「おい、ここを見ている同士たちよ。こちらの姫君に外の世界の恐ろしさと愉しさを伝える良い話はないか?」


「ああ、それなら私から……」

 時が経つのも忘れ、私達は画面越しに笑い、キーボード越しの会話に花を咲かせた。

 きっと、彼女の記憶にも楽しい1ページが追加された……はずだ。

 

「ごめんなさい。そろそろ晩ごはんのお時間なので、今日はここまで」

「外に出たくなったら我らを呼べ。君よりも長い間生きているから、きっと気に入る話を聞かせられるぞ」

「言いつけを守るのだぞ、姫様」

「ここで同世代の子がサッと入ってくれるといいわよねぇ」

「案外優しいヤツが多いんだな、もちろん俺も含めてだが」

「あの、僕と友達になってくれますか?」

「おいおい、本当に来ちゃったじゃんか。これから晩御飯なんだってよ」


 チラチラと見える単語に、腹の虫が目を覚ます。窓の外はすっかり暗くなってしまっている。

 

 食欲を抑え込みながら書斎を出てコートに袖を通す。着ない者も増えているようが、どうにも昔からの習慣というやつがそれを許さないらしい。

 玄関から出てすぐに外の空気を肺へと取り込む。

 

 今日もいい一日となりそうだ。

 どこからともなく漂ってくる美味しそうな香りを道標に、月のない夜の町を、私は一人で歩き出した。

 通行人の一人が足を止め、私の顔を見ながらこう言った。


「よい晩食を」

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