大虐殺
カミさま! ねえ! なくなった!
ふむ?
草! 花! ぜんぶ、 なくなっちゃったの!
ふむ、 ああ、 昨日お前さんが来ていない間に業者が来て手早くすっかり刈っていってしまったな。
——だってあの花……。オレンジ色の忘れ草もピンクの昼顔もちいさな草の上で生活してたてんとう虫もこれから孵化するはずのサナギたちも、 あのマンションごとそのままぜんぶ刈られちゃった!
ふむ。
ふむ、 って何よ! どうして? ねえどうして?
ふむ、 落ち着け。 いま刈っておかないと夏の間に伸び放題になるから刈り取ったんだろう、 まあまたすぐに伸びてくるさ。 植物の生命力は伊達じゃあないぞ。
草はそうかもしれないけど、 あの花や虫たちは?
——死んじゃったでしょう?
ふむ、 仕方ない。
仕方ないって、 なに? だって……考えてみて、 もし人間の世界だったら、 大虐殺だわ……。
ふむ、 また大袈裟だなお前さんは。 泣くなよ?
泣かないです、 わたし、 これしきのことで……。
——でもショック……。
ふむ、 ここにいる虫はてんとう虫だけじゃないぞ? 蟻もダンゴムシも、黒揚羽だって飛んでくる、 クワガタだって、 たまにはな。
でも、 そういう問題じゃないの……。 あの子たちは戻らない。
ふむ、 じゃあ聞くけどお前さん、 お前さんが気が付かないうちに踏み潰してるかもしれない虫のことはどう思うんだ?
え?
ふむ。 今だって何かの虫を踏んでしまっているかもしれないぞ、 その履物の下に。 ちょっと見せてみろよ、 お前さんのその履物の裏を?
え、 やだやだ、 こわい!
ふむ、 いいから見せろって。
やだ! ばか! 変態!
ふむ、 ……では俺自身の足の裏を見るとしようか。 ……ああ! 残念ながら犠牲者を出してしまった。 蟻が一匹。 と……このように刈り取られた草についていたてんとう虫には涙するのに自分で踏み潰してたかもしれない何かの虫には気がつきもしないし見ようともしない。
ううっ。 でも、 そんなこと言ったら一歩も歩けなくなっちゃうし……。
ふむ、 歩かなきゃいい。 虫の命が惜しけりゃお前さんは寝てりゃいい、 ずっとな。
矛盾してるんだ、 わたしって……。
ふむ、 だからお前さんたち人間には便利な言葉があるんだろう、 御免ってな。 虫さん花さん御免なさいってことだ。
虫さん花さん、 ごめんなさい…………。
ふむ。 しかしまあよく見ろ、 草花は根本から引っこ抜かれたわけではない、 地上に出ている部分だけが刈り取られている。 草はそこからまた伸びる、 人間の髪の毛のようにな。 散らばった草はそのまま肥料となり周辺の木の栄養となる。 刈られてすっきりした分だけ土にも太陽の光がよく当たるようになった、 これで土はまた、 元気になるよ。
うん、 でも、 消えちゃったあの同じ花と虫はもう戻らないから……。
ふむ、 もう消えてしまったのか? お前さんの中にはまだ咲いてるんじゃないのか? あの花も、 その、 てんとう虫のマンション、 とやらも。 それも消してしまったかな?
消して……ない。 まだ、 うん、 まだ咲いてる! てんとう虫たちのマンションもまだある! 消えてない!
ふむ、 お前さんが見て、 それを俺も見ていた、 簡単には消えんはずだろう。
うん! そっか、 そうだね! カミさまと一緒に見た花と虫はもう戻らないけど、 だけど、 ずっとあるよ!
ふむ。 まあ俺は忘れ草より忘れっぽいのでな……お前さんの記憶力次第だが。
大丈夫! わたし、 忘れたりしないよ! てんとう虫のマンションの、 永久管理人になる!
ははははは! それは面白いな。 ふむ、 そのマンションとやらはいまどこにあるんだ、管理人さん?
わたしの、 心の中よ! ……ありがとうカミさま! わたしもう行かなきゃ! またね!
ふむ。 またな、 行ってらっしゃい!
あ! これ、 ウーロン茶! ここに、 置いていくからあとで飲んでねー!
おお、 いつも有難う。
——ふむ、 結局マンションとは、 何か……?