有難う
カミさまー! ナギー! ねえー! どこ……?
——もう、 戻っちゃったの、 かな?
パン! パン!
お願いです……神様……! もう一度だけでいいからカミさまに、 ナギに、 どうか会わせてください! お願いです!
パン! パン! パン!
おい! 拍手はニ度でいい。 ここではな。
わ!? あは! カミさま! ナギ!
お前さんはいつも何回打つんだ、 それにナギ、 さま、 だ、 さまを忘れるなよ?
ナギ!
ふむ?! こら、 神に不用意に抱きつくな!
だってえええ、 もう行っちゃったかと思って……もう会えなくなったって……思ったから!
ふむ。 ……神社で泣き喚くなんてなんてやつだ。
だってえええ、 もう工事が始まってて……わたしちょっと来てなかったうちに……もう、 始まっててええ。
ふむ、 まだ足場が組まれただけの状態だよ、 本格的な工事は明日から始まる。 だから、 俺は今日、 この夕暮れとともに行く。
——お前さんは暗くなる前に帰るんだよ。
やだやだやだやだ! カミさまに、 ナギにもう会えなくなるのはやだー!!!
ふむ、 だからお前さん、 会えなくなるのではなくて、 見えなくなるだけだと何度……。
どっちも同じよ! こうしてもうお話ししたり触れることもできなくなるのに……。
お前さんといたこの夏は楽しかったぞ。
やだ、 そんなこと……言わないで。
——お別れみたいじゃないだって……。
ふむ、 お前さんが初めて神社に来てからしばらくは本当に死にそうな、 つらそうな、 苦しそうな顔をしていたけれどね、 ほら、 もう大丈夫だ。 今は、 こんなに……。
うん、 わたしはずっと本当につらくって死んじゃいたいと思ってて、 息がつまって苦しくて悩んでた、 夜も眠れなくて、 朝の光なんてまぶしすぎてつらくて……きらいだった。 それでお父さんまで病気になっちゃってもうどうしようもなく疲れてて、 だからここに……。
ふむ、 だから俺がお前さんを呼んだんだよ、 ここに来るように。
そうだったの? わたし……わたしにはきっと何の、 誰の声も、 聞こえたりしなかった。 でもここにきて、 それで、 おかしなカミさまに出会ったの……。
ふむ? おい、 おかしなは余計だぞ?
わたしはただこの場所が好きで落ち着けて居心地がよくて緑に囲まれていて花や虫がいて鳥やセミが鳴いて、 ここはわたしを癒すお守りのような場所で、 それでカミさまに、 ナギにも出会えて、 楽しくって、 それでわたしはまた元気になれたの……元気に……。
ふむ、 だから大丈夫だよ。 お前さんはもう。
でも、 また元に戻っちゃう! ナギがいなくなったら、 工事が始まってぜんぶがピカピカの新品になってわたしたちがいた場所は、 なくなって……。
ふむ、 なくなって、 しまうのか?
え、 だって……そうでしょう。
ふむ、 本当にそうか? あとかたもなく消えて何も、 残らないのか?
う……ううん! 消えない! 何も消えない! わたし、 おかしなカミさまと過ごした夏のことを! 刈られてなくなっちゃった草花もあのてんとう虫のマンションもここから見た景色も、 この神社でのこと、 ぜんぶ覚えてる! わたしはぜんぶ覚えてる! ぜったい、 ぜったいに忘れない! 忘れないから! だから……、 ナギ、 行かないで!
ふむ、 あとウーロン茶と、さまをつけることも、 忘れるなよ……お前さん……。
———— 有難う…………。
ナギ…………さま。
……消え、 ちゃった……。