バカナギ
ふむ、 お前さんに言っておくことがある。
はい……。
俺はもうすぐいなくなる。
え?……どうして、 どこに、 どこかに行っちゃうの?
ふむ。 いや、 どこにいくこともない。 俺はこの神社の神様だからな。
でも、 いなくなるって……。
ふむ、 そう、 お前さんの前からいなくなる。 正確には、 お前さんの目には見えなくなる、 し、 こうして話をしたり、 触れる、 などということもできなくなる。
な、 なんで……そんな!
本殿修復の話はもう、 よく知っているな?
はい……わたしも寄付して協力したよ、 早く、 修復されてほしいと思ったから。 でもそれと、 どんな関係があるの?!
ふむ。 神社の神は本殿の中に居る。 だから工事でこの神社の本殿が綺麗になったら、 神様はずっとその中に収まっている必要があるのさ。 今まではその、 箱にずっと穴が空いてる状態、 だったから、 俺は自在に出入りできたが、 建て替えて完全になった本殿の結界を、破って行き来することはできなくなる。
そんな……じゃあずっとその、 本殿から出たままでいるのは? そこに戻らないで!
お前さん、 俺を宿無しにしたいのか?
あの本殿というのは神様の家だぞ。
うう……うちに、 わたしの家に来ればいい!
——じゃない? だめ?
お前さんが、どんな御殿に住んでいるか知らないが——神の寝床は特別なんだよ。
うちは広くはないけど、 カミさま、 ナギさまならわたしの部屋を使っていいから!
はははは! そうしたらお前さんはどこで眠るんだ?
わたしは、 床でも廊下でも玄関でも……平気だよ! わたしはどこでも眠れるんだから! だから……。
ふむ、 それでも、 だ。 人間がずっと眠らずにいれば、 意識活動により疲弊した脳が短期間で壊れてしまうように、 不老不死とはいえ、 神が神の体を維持するには、 神の寝床での回復を必要とする。 それがあの中にある。 そして一度戻ればもう出てはこられない。 仮に出られるとしても、 俺はそこの鳥居から外の世界へは出ることができないよ。
で、 でも! 工事が終わるまではまだここにいられるんでしょ?
ふむ、 いや、 工事が始まればすぐに戻らなければならない……工事中はあの中で大人しくしている必要があるのさ、 もし今のように本殿の外に出かけているうちに修復された本殿の結界が完成し閉じてしまったら、 中に帰りそびれておしまいだからな。
……そんな、 もう、 会えなくなるの?
ふむ、 いや、 会えないわけではないよ、 こうしてお前さんが来てくれたらな、 いつものように。
でも、 こうして直接見たり話したり、 もう……できないんでしょ?
ふむ。 このウーロン茶も飲めなくなるのが寂しいよ。
ちょっと! わたしと話せなくなるのはどうなの?
ふむ、 俺はいつでも語りかけているぞ、お前さんの心に。 お前さんがあの時に俺の声を聞いたように。 それに俺からはお前さんを見ることができる。 ここから動くことはできないが、 神の目は千里眼なのでな。
なによ! 乱視で夜は何も見えないわたしと同じ、 人間並みのへなちょこ千里眼のくせに! じゃあわたしから一方的に見えなくなるだけ? そんなのって……話したりも……。
ふむ、 そうだ。 な、 お前さん、 これからはウーロン茶代が安く済むよ……。
っ……カミさまのバカ! そんなこと……大したこと……そんなの全っっ然だいじじゃないのに! それどころじゃないのに! バカナギ! もう知らない! もう来ない! もうぜったい来ないから! ……わたし……さようなら!
——バカナギか、 ……馬鹿と言ったほうが馬鹿だと言っていたのに……。 だがこれだけ元気になってくれたならもう、 大丈夫だよ、 お前さんは。




