クモの巣のプリズム
草のうえに、朝露がキラキラしてるね。
ふむ、 草もだいぶ、 また伸びてきたな。
うん、 ぜんぶ刈られちゃったときはどうなるかと思ったけどね、 アジサイ以外のぜんぶ、 草も花もなくなっちゃって、 虫も……悲しかったけど、 いまは土の色も見えないくらい緑色が戻ってきたね!
ふむ、 だから植物の生命力は伊達ではないと言ったではないか? 夏の終わる頃には草の背丈も元通り、 や、 それ以上までに伸びるだろう。 ふむ……?
ねええー! カミさまー! 狛犬ちゃんの背中にクモの巣がはって光ってる! わー! 虹色だー!
ふむ、 虹色? 白色にしかみえんぞ。
ほら、 こっちにきて? 太陽を透かして角度が変わるようにちょっと動きながら見てみて!
ふむ……眩しいな朝の日差しは。
虹色に見えるでしょ?
ふむ……見えんぞ?
綺麗だねー、 プリズムみたい……。
お前さんそんなにじろじろ見てると蜘蛛の巣に穴が空くぞ。
もう空いてるもーん! えへへ、 すごいよね? どうやって作るんだろう。 あ、 飛行機雲! ……消えかかってるけど!
ふむ、 お前さん、 あちこち忙しないな。
この時間はまだセミも鳴いてないね? 鳥の声はするけれど……。
ふむ、 まだ夜明けまもないからな、 やつらも寝ているんだろう。 じきにうるさくなるぞ。 お前さんのようにな。 ははは!
え! ひどい! わたしうるさくはないでしょう? ちょっとだけせわしないだけで。 ねえ狛犬ちゃん?
ふむ、 しかしお前さんも最初にここへ来たときよりはだいぶ元気になっているように見える。
えへへ、 そうかな? だってここにいると楽しいもの。 緑があって空気が澄んでて、 花や虫もいて大きすぎない神社の建物も好き。 この風景の中にいつ来ても、 いつもカミさまがいて……わたし一人ぼっちじゃないんだって思えるの。
ふむ。 俺がここにいようがいまいがお前さんは一人ではないだろう? 花や虫とも、 狛犬とさえ、 会話ができるんだからな。
だってそれはわたしが一方的に話しかけてるだけだもん……返事のない会話だわ。
ふむ、 そうか? 花も虫も狛犬も皆お前さんに返事を返しているぞ。 人間の言葉ではないがな。
わたしはカミさまじゃないから聞こえないもん、 ねー、 狛犬ちゃん……。
ふむ……おっ、 おお、 俺にもやっと虹色に見えたぞ、 これが蜘蛛の巣のプリズムというやつか!
ほんとう? 見えた? なら良かったあ! えへへ、 カミさまもそんなにじろじろ見てるとクモの巣からクモが落っこちちゃうよ?
ははは! 蜘蛛はすでに糸で下まで垂れ下がっているぞ。
ねえ、 袖に引っ掛けないように気をつけてね!
ふむ、 お前さんの言った通りプリズムを通して眺める朝日は、 また格別だな。 これなら昼まで飽きずに見ていられるぞ。
あははっ! お昼まではさすがに……って、 あ、 もうこんな時間なの? わたし行かなきゃ! またね、 カミさま!
ふむ、 またな、 行ってらっしゃい!
——ふむ、 やれやれ、 本当に忙しないやつだ。




