不老不死
セミが鳴いてるね綺麗な声……どこにいるんだろう?
ふむ、 ヒグラシだな。
木の上のほうかな? ねえ! カミさまの目は千里眼なんでしょう? セミもどこにいるか見つけられるんじゃない?
ふむ! 神の目はいかにも千里眼。 だが俺はいま人の形をとっているのでな、 この身体の視力は人並みだぞ。
なんだあ〜、 そうね、 カミさまの目は乱視で夜も見えなくて、 わたしと同じくらいだったのよね〜、 あ、 音が近くなった!
ふむ、 ほれ、 あすこだ、稲荷社の赤屋根の上に止まっている。
え? どこ、 暗くて見えない。
ふむ? お前さんの視力も並だな?
んー、 並以下かもね、 普段は基本、 眼鏡なの! ああ、 また声が遠くなっちゃった! ……でも悲しいよねセミって、 一週間しか生きられないなんて。
ふむ、 やつら、 一カ月ほど生きるのもいるぞ。
え? そうなの?! でもどっちみち、 夏の間だけなんて、 さみしいじゃない。
ふむ、 人間の時間で考えればそうだな。 セミの時間で考えればそれほど短いわけでもないかもしれんぞ、 俺からすれば、 人間の命もセミの命も大して変わらん短さだよ。
神様は不老不死だからいいよね、 あ、 ホンモノの神様のほうね、 長生きできて……というか死なないなんて。
ふむ? 長く生きるのはなかなかつらいものだぞ、 死ねないつらさというものもある。
ふうん……。 わたしにはわからないなあ、 だってずっと若くて歳をとらないで、 病気で死ぬ心配もなく、 長生きでずっと生きられて。
ふむ? お前さんは、 まだ若くて病気でもないのに飛び降りて、 死のうとしていたではないか?
わたしのことは置いておいて……お父さんが、 病気になんてならなければいいなって思ったの。
ふむ、 それでお前さんはいつも神に手を合わせたあと何を願っていたんだっけな?
ええと、 お父さんの病気が早く良くなりますように、 家族や親戚や周りの人がみんな健康で長生きしてくれますように、 って!
それと……わたしももう少し生きられたら、 って。 でもカミさま、 この前この話したときに、 わたしの願いを叶えてくれたんでしょう?
ふむ。 たしかに叶えたぞ。
うん、 あの、 お父さん前よりも良くなってるって、 聞いたの、 お医者さんに。 だからしばらくしたら、 退院できるって……!
ふむ、 神様の言う通り、 だ。
うん、 カミさまが言ってくれた通り本当に願いが叶ってお父さんが良くなっているのは嬉しかった。 でも、 わたしまだ心配だし不安な気持ちは消えてないの、 だってまだちゃんと退院してないし、 それ以外は何も変わった感じもないし……。
ふむ。 しかし病院からお前さんの父親を無理矢理引きずり出すわけにもいくまい?
ねえその言い方〜、 うん、 まだ安静にしていなきゃね。
ふむ、 俺はお前さんの願いを叶えたと言ったら叶えた。 だからあとは楽しみにその日を待てば良い。 土に蒔いた種を芽が出ないからと言って掘り出して食ったりしなければな、 ある日突然それは現れる。 それが摂理だ。
だからその言い方〜、 わたし掘り返して食べたりなんてしないもん!
お前さんは願いの種を蒔いたんだ。 芽が出ることは約束されている、 あとはただ待て、 楽しみにな。
でも……うん、 わかった! じゃあそうするね、 わたしもう少し楽しみに待ってみる! でも、 本当に神様が願いを叶えてくれるなら、 わたしも不老不死にしてくださいっ! ってお願いしておけばよかったなあ。
ふむ。 後悔するぞ、 永久に。
しないよー! 後悔なんて絶対にない。 そうなったらわたしは、 永久にここに通いにくるよ!
ふむ? やれやれ、 俺はお前さんと永久に遊んでいる暇はないんだぞ。
ええー? だって不老不死は永遠の命なんでしょ? それにここは時間の外にある場所ってカミさまそう言ったじゃない? それならさ、 永久に遊ぶ時間、 あるじゃない?
ふむ。 なし。 永久に遊ぶ時間なし。
なんで? じゃあカミさまの助手としてわたし、 お手伝いするから!
ふむ、 俺は全知全能で万能の神だから、 お前さんのような助手の手助けは必要としていないんだよ。
そんなー、 乱視で暗いのが苦手な千里眼のくせに! こんなわたしでも役に立ってみせるんだから!
ふむ、 そうだな、 乱視じゃなく夜も目が利くんであれば助手にしてもいい。
ええー! じゃあわたし思いっきり対象外じゃない? でも、 メガネがあれば無敵なんだから! わたしのぶ厚いレンズの度数は地上最強なの……。
ふむ、 わかったわかったよ。 もう暗くなってしまうからな、 帰りなさいな。
え、 なんだか今日はつめたいね、カミさま? でもそうね暗くなっちゃうとわたし道が見えないもんね目が悪いから……あ、 目は悪くないかもしれないけど視力がね、 じゃあわたし行くね! ありがとうございました!……わたしのお願い叶えてくれて。 さよなら!
ふむ、 行ってらっしゃい! また転ぶなよ。
わたし、 まだ一回も、 転んでまーせーんんー! きゃっ! ……またねー! カミさま!
ふむ、 またな……。
——不老不死は確かに永久に歳をとらず死ぬこともない、 しかし人間はたった百年かそこらの、 はかない生。 俺は、 お前さんが死ぬときを見るのが、 つらいよ。