きもだめし
夏の夕暮れっていいよね、 カミさま? 特に今日は風があって、 きもちいい〜……。
ふむ。 この黄昏時は格別だな。 ウーロン茶がなおさら旨いぞ……ふむ、 ふむ。
うん、 この時間帯ならすぐにぬるくなっちゃわないからいいよね。 ねえカミさま、 あの空の色、 昼と夜が混じり合っているみたい……。
ふむ。 じきに暗くなるぞ、 そろそろ帰りなさい。
うん、 あともう少しだけ、 あの空の色が変わるのを見ていたいの。
ふむ? 仕方のないやつだ、 蚊に刺されてもしらんぞ。
え? 蚊がいるの?! やだー、 蚊はやだよ〜! あれ、 拝殿の中に灯が点いてる、 暗くなると自動で点くの?
ふむ、 自動だと? 俺が点けているんだよ、 こうやって……。
あ、消えた! まっ暗! こわい! わー、 そうなんだ、 じゃあ灯がついてる時はカミさまがいるんだねー?
ふむ、 まあ、 点いていようがいまいが、 いつも俺はここにいるけどな。 さあ、もう道も暗くなる、 帰りなさいな。
うん、 行かなくちゃ……。あ、 鳥居のところ、 ちいさな子どもが来るよ? お父さんと、 かな? わたし隠れたほうがいいかな?
ふむ? 親子連れだな、 ははは、 なんでお前さんが隠れるんだ?
だって、 ほら、 オバケだと思って怖がるかもしれないじゃない? ね、 カミさまも、 ほら隠れて、 隠れて!
ふむ? なぜ俺まで……。
いいからこっち来て!早く!
——ねえこわいー! おとうさん? オバケいる?
ふむ、 お化けは居ないがここにお馬鹿さんがおるぞ……。
ちょっと! 誰がオバカさんなの!? ねえほら、 やっぱり怖がってる、 オバケはいないけどカミさまはいますよ〜 えへへ。
ふむ。 実はな、 案外、 あの親子連れのほうがお化けかも、 しれんぞ……。
えっやめて、 脅かさないで、 そんな……ことある、 はずないじゃない?
ふむ、 ほれ、 見てみな、 あの子たちには足がないぞ……。
えっ! ちょっと、 やだ。
ふむ。 やはり見えない……暗くてな。
へ? ちょっとそれってただ単に目が悪いだけじゃない! 実はわたしもなんだけど……。
ふむ? 目は悪いことないぞ、 視力が弱いだけでなこの身体では。
言い方の違いだけでしょう、同じよ! カミさまの屁理屈〜!
ふむ、 目が悪いなどと言ったら目に悪いではないか? 毎日、 物を見てくれているというのに。 ほれ、 今もまた帰っていく、 あの子どもたちの衣服だけが、 白く、 ぼやけて浮かび上がってみえる……。
それ乱視っていうのよ、 わたしとおんなじねカミさまの目も。 カミさまの千里眼って乱視のことだったんだわ……。 やだ、 本当にまっ暗になっちゃった! ね、 もう行かなきゃ!
ふむ、 やれやれ、 お化けごっこを始めたのはお前さんのほうではないか。
えへへ、 カミさまが脅かすから怖かったけどちょっと楽しかった! カミさまも楽しかったでしょ? 夏はやっぱりきもだめし!
ふむ、 お馬鹿さんとのお化けごっこは良い思い出になった……。
ちょっとー! わたしおバカさんじゃないのに! バカなのはほんのちょっとだけなんだから! もう行くね! さよならー!
ふむ、 行ってらっ……おい! 鳥居のところは急だから走るんじゃないぞ、 転ぶなよ……。
きゃー!
ふむ、 言わんことない……ん? 大丈夫だったようだな、 暗いのに、風のように転がって行ってしまった。 ふむ……お化け、 か。