春4
「おー、伊吹くんはまた、珍しい戦法使ってるみたいですね」
「7八飛戦法か。別名『猫だまし戦法』、あまり見ないよな。だからと言って、油断していると序盤に主導権握られてそのまま敗北へまっしぐらって言う戦法だよなぁ」
そんなような会話が隣から聞こえてくる。
「そうかそうか、じゃー、俺はこれで行くか」
そう言って、葉書さんは初手、6二銀とさした。
普通は初手は、8四歩や2四歩をさすのが一般的だ。この時僕は、もしや…と思った。
その後、数手進んでいく。僕は、戦型としては石田流という超攻撃的な形を作っている途中だった。その一方で、、、
「ここで、こうだ!」
パチンッッ!
そう放たれた一手。6二飛だった。
「右四間飛車急戦…」
僕は小さく呟く。前々からの銀の繰り上げ、そして玉の位置の変更から薄々は察してはいたのだが。実戦では、それほど見ない。
右四間飛車急戦という戦法は、角道を開け、銀を繰り出し、最後に飛車を回す。そしてそれらの銀、角、飛車で相手を攻めようとする戦法だ。破壊力が凄まじく、振り飛車側《僕の方》が対応を怠れば、一気に自軍が崩壊してしまうと言うものだ。
そんな一手を横から見ていた柊さんと犬飼さんが言う。
「基本的に、石田流には棒金やら袖飛車で対抗するのが普通だと思うっすけどねー」
「そっちは面白くなりそうだな。ここから先は研究勝負になるからな。おい、柊。お前の手番だぞ」
「あ、はーい。……あれ?もしかして、これ飛車詰んでる?」
「はぁ、よく見ろよ。まだ詰んでないだろう」
「え、嘘。もう一回確認して…」
「ここから飛車は3手詰めだ」
「詰んでるじゃないですか!」
その話を他所に、葉書さんは仕掛けてきた。
6五歩→同歩→同銀と、銀が前へ迫ってきた。
この状況は、普通に互角だろう。ここで、僕は角交換を仕掛けた。
2二角成→同銀→6三歩打。僕は、6筋にいた飛車の横効きを消す為に放った。
これは、取らないで8筋に逃げることが最善手。そう考えた柊さんは、8筋へ飛車を逃した。
僕としては、6五にいる銀がいるせいで、7筋の三間飛車が通らない。なので、7七銀とした。
そのまま、硬直状態が続き、形成は互角。どちらも動かなかった。
そして68手目。ここで盤面が動いた。盤面は、僕の飛車の前に、葉書さんが銀を打ったところだった。この銀の斜め後ろにはト金がいる。
そして、飛車の逃げ道が限定され、そこに行くと飛車が使いづらくなる位置だった。なので僕は、飛車を銀と交換することをした。しかし、この一手が悪手だった。これを放ったせいで、形勢が動き、劣勢となったのを感じた。
けれど、まだ劣勢になっただけだ。そう思いながら、僕は持っていた飛車を6二飛車と柊さんのところに打った。ここで、自分の持ち時間が残り10分を切った。
そこからどんどん進み、形勢は、葉書さんが銀、桂、香と一枚の歩。それに対して、こちらは、金と歩のみ。そして、大駒もこちらは飛車一枚に対して、あちらは、成っている角二枚と7二に打たれている飛車。
そして、こちらはとうとう守りのコマたちが剥がされ行って、盤上に孤立している玉になってしまった。
ふー。形勢は大劣勢。持ち駒は、飛車、金、桂と歩が2枚。だけど、
「ここからでしょ」
そう僕は言って、考える。残り時間が、5分、3分、1分切って残りが30秒の時、とある一手を放った。
バチん!!!
「1二飛打」
相手の玉すぐ横に飛車を打ったのだ。この手には、葉書さんも驚いたのを感じた。この手の意味を考えてるうちに柊さんの持ち時間が、5分を切った。しかし、まだ考える。そして、ちょうど1分になった時に、同玉と取ったのだ。
僕は、笑った。多分ここからは、詰んでないと思ったのだろう。
けれど、本当は詰んでいる。ここから、なんと27手詰みなのだ。
普通は、残り10分でも見え得るはずのない詰み筋だ。
さてここからは、時間との勝負だ。そう思い、急いでさしていく。
王手!同銀。王手!同桂。王手!同玉。
時間は残り、10秒。あと15手!
パチンッッ!!!
僕は、同龍と放った。
この瞬間、葉書さんは自分の玉が詰んでいることに気がついた。
それに気がついたのは、残り9手前だった。
「負けました」
その言葉を聞いた瞬間僕は、とても嬉しかった。
そして、静かに頭を下げる。
「ありがとうございました!」