春3
「あれ?そうなの?」
「はい、僕と三つ違いですから」
「そっかそっか、そうなんだ」
そんなことを隣にいた犬飼さんと話していたら、
「え、そんなこと話してる場合じゃないっすよー。伊吹くんなら、勝てるってどーゆーことっすか???」
「ん?だって伊吹、彼女と接点あるし、彼女のこと思ってるみたいだから、もう彼女は研究済みだろう?」
犬飼さんはそう笑いながら答え、視線を僕に向けてくる。
「そんなことないっすよ。あと、誤解生むような発言やめてもらいたいんですけど」
「まぁまぁ、本当のことなんだからいいじゃねーか」
そう言われて、僕は黙った。
僕は去年、彼女に告白した。そして、条件付きで、OKみたいなのをもらった。その後は、何事もなかったかのように、LINEや、実際に会って話したりもしていた。普通の人たちなら会うことはもちろん、LINEで話すことすらも躊躇うだろう。しかし、僕ら的にはこんな感じの方が、お互いの気持ちに寄り添って、良いのだ。それ以外にも理由はなくはないが。
「伊吹。最近、彼女といつ対局した?」
「そうですね。ちょうど二週間ほど前に」
「んで、最後にあったのはいつ?」
「………一昨日です」
まぁ、そうです。普通に会っています。それにも訳があって、、、そんなことを心の中で考えていると
、僕たちの間に、沈黙が走る。
それから約5秒後。意識が戻ったかのように柊さんが言った。
「ちょ、ちょ、ちょいと待ってくれ。なんで、そんな会ってるんすか?」
「え、だって。ご近所ですし。結構仲いいんですよ僕ら。それに……まぁ、そんな感じです」
僕は言葉を濁し言った。ただ、告白したことやその他諸々の2人だけの事情については、言いたくなかったから言わなかったけど。
「ま、まさか、そーゆー関係だったんですか???」
「え?どーゆーことだい伊吹くん。お兄さんにも教えてほしいな。彼女の弱点とか弱点とか弱点とか」
食い詰に葉書さんが、尋ねてくる。
「そうですね。弱点ですか…」
「そうそう。なんかないの?こーすれば勝てるとか」
「まて、葉書。まだ奨励会員だぞ。プロじゃないんだから勝てるわけ…」
「いや、結構勝てますよ五分五分くらいです」
「「!!??」」
2人は体に雷でも通ったかのように驚き、それを見た犬飼さんは笑っていた。
「だから言っただろう?伊吹も叡王を止められるってさ」
「それで、弱点は!?」
「そうですね。彼女、奇襲戦法には弱いですよ」
「そうなのかい?」
「はい、彼女自体が奇襲戦法なんて使わないですから、研究不足なんですよ。だから勝てます」
「なるほど、今度対局したらやってみるか」
「あ、でも彼女は一度でも見た戦法。それ含めた棋譜は絶対に忘れませんから。1度目は通っても、それ以降はほぼ通用しませんよ」
「と言うことは、伊吹くんは彼女に毎回違う戦法で対局してるの?」
「まぁ、そうですね」
「なるほど、だから君は実践で奇襲戦法やら珍しい戦法を使っているのか」
「犬飼さん、本当に彼、まだプロじゃないですよね?」
「一応はそうだぞ。でもお前といい勝負になるかもな。今からやってみたらどうだ?」
その提案を打ち取り消したのは、葉書さんだった。
「はっはーそうっすね。諦めも肝心ですからね。はぁー」
「そーだ。お前たち、この後何か予定があったりするか?」
「ないっすけど?」
「実は、今日は左鍋さんのところで肉じゃが食っていかないか?」
「え、いいんすか??勝手に犬飼さんが決めて」
「それは、大丈夫だ。な?伊吹?」
「そうですね。材料さえあれば、問題ないので、多分師匠も賑やかの方が楽しく食事できて良いって言うと思いますので、都合がよければどうぞ」
「じゃー自分は行かせてもらうっすね。葉書は?」
「おー俺も、もちろん行くぜ」
この後の予定が決まったので、僕は近くにあった掛け時計を確認する。まだ、14時過ぎでだった。
「犬飼さん、この後時間ありますか?」
「ん?あー、別に予定はないな」
「じゃー、一局相手してくれませんか?」
「おーいいぜ。なんなら、葉書も柊もどーだ?ここで、プチ研究会でもしようぜ」
「お願いします」「お願いするっす」
「よっし、じゃー、持ち時間一時間の切れ負け戦な終わったところから、感想戦な。よし、準備しようぜ」
数分が立ち、すぐに用意ができると、犬飼さんが言った。
「よっし、じゃー最初の組み合わせは伊吹と葉書、俺と柊。これでいいか?」
「了解です」「オッケーっす」「っさ、早くやりましょ」
「よし、じゃー対局始めるぞ」
「「「お願いします!」」っすー」
さて、今回の対戦相手は、居飛車党の葉書さんだ。
居飛車というのは、飛車を5筋や6筋、7筋、8筋など初期位置から動かさずに戦うという方法だ。
プロの中では、大体の人がこの居飛車を使う。
そして、葉書五段は、中盤、終盤の受けに定評があり、受けの将棋を指す人だ。
なので、先手番の僕は、、、
パチンッッ。駒の重厚なる音と同時に、清らかなる一手を放った。それを見た葉書さんは、
「…7八飛車戦法。。。お得意の奇襲戦法か」
そう小さく呟いたのだった。