その11 二十数年後
【真打ち】になってから二十年以上経ちましたね。
結婚もして子供達も育った。
◆
いや~、
皆さん、拍手をありがとうございます。
◆
でね、
当時、
どうして私が【真打ち】の時にね、
【大吉甘栗】の噺をしたか分かります?
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私の一族はね、
大吉を継ぐと決めたらね、
父が初代大吉の噺を演じた姿を見るんです。
◆
こう、
私の父もね、
私にね、
演じてみせるんですよ。
◆
それが始まりなんです。
◆
それからね、
自分の道を、
自分の噺を模作するんです。
私は六歳の頃ですかね…
◆
歴代の大吉は【真打ち】になる時は、
【完全犯罪】をするのが決まりなんです。
◆
でもね、
才能がないから出来ませんよ。
◆
え?
十三代目?
父、【宇刻】の天才ぶり?
◆
え?
知りませんよ。
無理ですって。
父を越えるなんて無理ですよ。
◆
だってね、
私には父のような才能なんてないんですから。
◆
でもね。
ある日ね、
ふと、
思ったんですよ。
◆
もしね、
初代大吉がね、
この日、
この時、
皆さんの前に出てきたら、
どんな噺をするのかねって…
それでこの噺を作った。
◆
だから私は初代様を演じる事にした。
初代様になりきった。
◆
でね、
私はこれで十四代目になった。
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ただ、
この【大吉秋栗】はね、
これは私と妻との噺なんですよ。
◆
私の妻、
【秋子】は和菓子屋の娘でね。
女の和菓子職人なんですよ。
えぇ、今でも【大吉秋栗】を作って売っていますよ。
◆
私は和菓子屋の店先で妻に惚れた。
◆
でね。
私は妻にね、
この噺を作ったんですよ。
【一生一品】のつもりでね。
◆
そして妻にね、
告白する時にね、
店先でね、妻にこの噺をした。
◆
そして妻がね【大吉秋栗】を作った。
◆
皆がね、
【大吉秋栗】をね、
眺めながらね、
色んな方向から眺めながらね、
不安な顔をしてね、
疑いながら食べるんですよ。
◆
ようはね、
妻が作った【大吉秋栗】の出来をね、
隅々まで眺めて欲しかっただけなんですよ。
ただそれだけ。
◆
でもどうです?
これだけね、
疑い深くて、
食べる前に悩み、
そして食べて安心する和菓子はないですよ。
◆
結婚して時が経ちましたけど…
ええ、
渋い栗なんて一切入っていませんよ。
◆
これがね…
私の完全犯罪…
今日、この場で種明かしです。
◆
皆、
噺を信じてね、
和菓子を注意深く眺めて、
恐る恐る食べて、
安心する。
◆
どうです?
参りましたか?
◆
ふふふふふ~。
◆
え?
自白した?
完全犯罪じゃないって?
◆
白状したって?
◆
いや~
ありがとうございます。
表彰状を頂けるんですか?
◆
あの…
皆さん、難しすぎました?
◆
そう、
ここが最後の笑いどころ…
◆
どうです?
やっぱり私は…
宇刻の息子でしょ?