その3 涙四粒③
子供の頃から貧乏でね、
魚なんて月に一度くらいしか食べれなかった。
しかもね、
こんな小さなイワシですよ。
毎日ね、
味噌汁、米に沢庵ですよ。
米といっても雑穀ですよ。
◆
ある日、
父がね、
十三代目【宇刻】がね、
鯛を釣ってきたんですよ。
◆
やることがなくて釣りをしてきたってね。
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もうね、ビチョビチョでしたよ。
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着物が水浸しでね。
しっかし、立派な鯛でしたよ。
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母親が鯛を七輪で焼きましたけどね、
父は食べないんですよ。
私はこっちの鯛を食うってね、
沢庵をかじるんですよ。
◆
そこで母がね、
ふとね、
【いい噺が出来たんですか?】ってね、
父にきくんですよ。
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女の勘ってのは凄いもんですよ…
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そしたら父がね、
【あぁ、明日見にこい】ってね。
◆
寄席が終わりましてね、
確かにウケていましたよ。
ただ、私は子供だから、よく分からなかった。
◆
舞台袖で…
【宇刻】が母にね、
【どうだ?惚れ直したか?】ってね、
言うんですよ。
◆
母がね、
急にね、
【おめでとうございます】ってね、
父を抱きしめたんですよ。
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父の嗚咽、
鳴き声がね、
鼻水をすする音がきこえるんですよ。
◆
【怖かった、本当に怖かった】ってね。
あの【宇刻】がね、
あの【宇刻】がですよ、
声を震わせて…
母の胸で泣き震えてるんですよ。
◆
そうですね、
その日、
父は完全犯罪をやったんです。
つまりね…
◆
父、【宇刻】は十三代目になったんです。