その2 涙四粒②
え~、
それでは改めまして、
第十四代、
染谷大吉。
染谷光陰【そめや・こういん】でごさいます。
え~、
初代から古典落語を一切しない一族です。
◆
皆さん笑いすぎですから。
◆
しっかしね、
命は繋ぐものと申しますがね、
歴代で、
どの大吉が一番天才だったと思います?
誰が一番笑いを生み出したのか。
◆
もちろん一番は初代様ですかね。
苦労したのは二代目様?
でもね、
いや、二代目様のネタ帳を見るとね、
ネタが踊るんですよね。
言葉が躍る。
家宝のネタ帳を見るとね、
お客の笑顔が浮かんでくるんですよ。
自由な親の背中を見ていたんですかね。
◆
でね、
歴代で二番目の天才はね、
私の父ですよ。
戦後の大吉、
第十三代、染谷大吉。
染谷宇刻【そめや・うこく】ですな。
◆
皆さん、拍手をありがとうございます。
◆
そうですね、
本名は染谷宇刻【そめや・うこく】です。
◆
いっつもね、ニコニコ笑っていましてね。
でしょ?
ご隠居達の皆さん達。
そうですよね、
いつも笑ってた。
◆
私もね、
子供の頃からね、
寄席の楽屋にいてね、
それから袖で父親の姿を見ていましたよ。
◆
父はね、
いつもあんなに笑顔なのにね、
何とね、
噺の前にね、
楽屋で頭を抱えて震えているんですよ。
◆
大の大人がね、
【真打ち】がね、
楽屋で頭を抱えて震えているんですよ。
◆
黙ってね、
尋常じゃないくらいね、
部屋の隅でね…
震えているんです。
◆
私はね、
世継ぎながらね、
父の震える背中を見てね、
とんでもない家に産まれてしまったと思いましたよ。
◆
そこからね、
噺が終わってね、
舞台の袖でね、
六歳だったかな、
父がね、
ふとね、
私の前でしゃがんでね、
私の目線の高さになってね、
私の肩をつかんでね、
まっすぐな瞳でね、
こう言ったんです。
◆
【絶望のどん底からしかな、
こういう噺は産まれないんだよ】
ってね。
◆
震えましたよ…
◆
分かりませんよ…
恐怖でもなく…
歓喜でもなく…
でもね…
そこには間違いなく私の父がいた。
◆
あの目、
あの日、
あの時、
私はうなずいたんです。
瞳から、
熱い物が流れましね。
よく分かりませんが、
涙鼻水たらしながらね、
こう言ったんです。
◆
【ボクが継ぎます】ってね。
◆
ええ、
そこでね、
私は十四代目になろうと決意したんです。