茶息④
え?
なんだい奥さん。
え?
お茶を買って、あたしの噺を思い出しても、どこがおかしいか分からなかったですって?
へえへえ、そりゃあそうですよ。
奥さんに売ったのはお茶代だけでしてね、噺の駄賃は頂いていねえ。
そうでしょ?
この次の噺をききたけりゃあ、ほらそこ、漬け物屋があるでしょ?
あそこで噺の続きががありますよ。
◆
え?
噺の続きをききにきた?
あそこの茶屋のご主人に?
続きはウチできけって?
あ~それは、炊き込みご飯の噺ですかい?
あ~、やっぱりそうかい。
こうね、奥さん。
世の中ね、どうでもいいことの集合体なんですよ、奥さん。
やれ不景気だとか、貧乏とか金持ちとかね、どうでもいいんですよ。
だから、炊き込みご飯が嫌いでもいいじゃないですか。
嫌いなんだから仕方がない。
そういう噺をする度にね、うちに帰って、美味い茶をすする。
そして、大きく息をはき出したら、魂が抜けるでしょ。
【茶息】っていうんですよアレは。
ちなみに私が決めたんですよ、【茶息】って。
茶の息。
これまでそんな言葉がなかったんですから。
コレはとんでもないことですよ。
あの利休さんでも、【茶息】って言葉を生み出せなかったんですから。
私から奥さんに、この言葉を伝える訳ですよ。
ため息とは違いますよ。ため息ってのはは困ってね、うなだれた時にする息ですから。
この噺はね。
こう、茶が美味ければそれでいいって噺なんですよ。
晩飯を食ってね、落ち着いて、一息ついたら茶をすする。
今日も色々とあったが、やっと落ち着いたなって。
安堵するんですよ。
それがお茶。
それを売るのがお茶屋ですよ。
考えたことあります?
なぜ、お茶を売るのかって。
沢山ある商売の中で、どうしてお茶を売るのかって。
不思議でしょ?
魚を売ってもいいし、乾物屋を売ってもいい、野菜だって売ってもいい。
それなのに、なぜお茶を売るのかって。
お茶屋には【茶息】がある。
今日も無事に生きられたって茶息がね。
いつもの分厚い湯飲みに、茶を注いで、それを両手でね、大事に大事に持って、こう、口元に運んで、熱ければふうふう吹いて、茶をすする。
そして、あたたかい茶を飲んで、ホッとして茶息をはく。
でね、奥さん、ここで大事なのがウチの沢庵なんですよ。
ふたきれ、みきれね、こう、小皿に盛ってね、盛ってっていっても、盛るほどの量じゃない。
で、この沢庵を指でつまんでね、ポリポリ噛むんですよ。
そして茶をすする。
そして茶息をする。
どうです?
どうします?
沢庵の余韻の後に、茶の香気。
甘く漬け込んだカブ漬けでもいい。
漬け物つまんで、茶をすする。
しみじみとしますよね。
え?
何ですか奥さん。
ウチの沢庵を買うですって?
コレは困ったね。
ウチの漬け物を食べて、
茶息を出したい訳だね奥さん。
しょうがないねぇ、奥さんも。
◆
それでは、オチは皆さんでお考え下さい。