その10 マテ貝と兄さん
兄がね、
海を見に行こうって言うんですよ。
約束だってね。
ただそれだけ。
海を見てどうなるんだってね。
そんなのは知らないし、どうでもいい。
海を見ながらね、
たわいもない会話をしてね、
時々、
互いの横顔を見るんですよ。
兄弟ってそんなものですよ。
◆
子供の頃、ウチの兄はね、
砂浜に行くとね、塩をひとつまみね置くんですよ。
マテ貝って知ってます?
こう、筒のような貝でしてね。
砂浜に小さな穴がある。
でね、巣穴に塩を入れるとね、口だか足か分かりませんが、
ニュッと触覚のような物が出てくるんですよ。
それをつまんでね、貝を引き抜くんですよ。
子供の頃にね、よく兄と捕りましたよ。
二人ではしゃぎながらね。
汁にしたり、焼いたりして…
美味しかったなぁ。
◆
いやぁね、
さっき、そこの魚屋でマテ貝が売ってましてね。
亡き兄を思い出して、込み上げてきましてね。
私と顔立ちは似てますがね、
兄はね、右目の上に大きなホクロがあるんですよ。
すみません。
今日はこれにて。
◆
楽屋にて。
◆
おいおい、待て待て、俺は生きてるぞ。
いや~
魚屋からね、
今日はマテ貝を売りたいって相談を受けたけど、何にも閃かない。
寄席でやろうにもオチすらない。
どうしようもないでしょ、兄さん。
あとね、
この噺の後に兄さんの顔を見たらね、
みんなビックリしますよ。
あと、私に騙されたってね。
兄さんは役者だ。
役者は常に顔を売り続けないと。
さて、魚屋はともかく、兄さんからは何両頂こうかな~。
とりあえず、二人で魚屋に行きますか。
◆
寄席で落語は終わらないって新作ですからね。
◆
マテ貝買ってさ、
皆の驚いた顔を見てさ、
それをツマミに飲もうよ。
ねぇ、兄ちゃん。




