その5 トロロに白雪①
なぁ、山川の爺さん。
ここのトロロ蕎麦は一味違うって?
噂できいたよ。
へいへい、そこいらでは食べれませんよ。
本当かい。
どう違うんだい?
旦那、それは秘密ですよ。
こんな小さな屋台で商いをしてるんだ。
名物の秘密は教えられませんよ。
そうかい、そうかい。
じゃあ、そのトロロ蕎麦ってのを頂こうじゃないか。
あいにく、今日は品切れなんで。
そうなのかい?
長芋は八百屋で売ってたけどな。
いやいや、名物ですからね、簡単には作れないんですよ。
そうかい。
じゃあ、普通の蕎麦をくれ。
へい、汁蕎麦でいいですかい。
あたぼうよ。
ダシに醤油、薬味はネギに一味ってな。
ここには一味があるかい?
へい、ございます。
じゃあ、それを頂くよ。
◆
また来たよ。
最近、冷えてきたね。
あらトロロ蕎麦の旦那。
ようこそ。
覚えていたのかい?
ええ、蕎麦を美味そうに召し上がってくださいましたからね。
覚えてますよ。
で?
今日はトロロ蕎麦はあるのかい?
いや~ないんですよ。
最近、気に入ったトロロが出回らなくて。
他にも色々とそろわない。
そうなのかい。
じゃあ、今日も汁蕎麦をくれ。
◆
年越し蕎麦を食いに来たよ。
今日はお客が多いね。
へい、旦那。
年越しですからね。
そういえば、今日はトロロ蕎麦ありますよ。
へ~本当かい?
じゃあ、それを頂くよ。
へい、これがトロロ蕎麦です。
なんだい?
普通の汁蕎麦じゃないか。
ええ、そうですよ。
トロロ蕎麦は?
ほら、今降ってるじゃないですか。
降ってる?
雪ですよ。
冬にね、雪を見ながら、寒さの中で蕎麦を食うのが一番美味いんですよ。
それにね、こうも寒い中、トロロを入れたら、汁が冷めてしまうでしょ?
確かにな。
汁が冷えないトロロ蕎麦か。
値段は変わりませんから。
しっかし、今晩は冷えるねぇ。
ズ~ズ~
ジュルルルル~
は~美味いね~
口からもトロロみたいな息が出てらぁ。
ウチのトロロ蕎麦、美味いでしょ、旦那。
あぁ、いつにも増して美味いね。
また、お越し下さい、旦那。
◆
あのね、皆さん。
今日、一気に山川の屋台蕎麦に行かないで下さいね。
冬にね、この噺をすると、皆ね、こぞって山川の屋台に行くんだから。
あそこの爺さん、腰が悪いからね。
大変なんですよ。
ただし、蕎麦には、しっかりと腰がありますよ。
最近ね、息子が蕎麦を打ってるらしいんですって。
息子はしっかり店を継いでね。
ええ、屋台じゃなく店ですよ。
屋台は爺さんの老後の趣味ですからね。
今では店舗を構えてますから。
あちらへもどうぞ。
なつかしいね~
あそこの店は屋台から始まりましたからね~