その2 シジミにハマグリ
え?
相談?
落語家の私に?
え?
シジミ?
シジミを商いにしたって?
朝に?
江戸の長屋を?
威勢のいいかけ声と共にシジミを売る?
それはどうかって?
それはどうなんだい?
そこに魚屋があるじゃないか。
え?
目覚まし?
寝ている人達を起こす?
なるほどね。
それはそれは、なるほどだ。
皆、寝てるし、起こしてくれる人がいると助かる。
でもね、どうしてシジミなんだい?
何々?
こうも暑いと魚が傷む?
確かに、ここのところ暑いね。
え?
前の日から?
壺に海水を入れて?
シジミを寝かしておく?
シジミは砂を吐くから丁度いいって?
そりゃあ便利だね。
あの魚屋は砂抜きをしてくれない。
なるほどね~。
それを水がこぼれないように荷車で引いて?
シジミを売る?
何々?
アサリも売る?
いいじゃないかい。
アサリもね~
いいダシが出るねえ、ありぁ。
それでそれで?
朝の目覚ましに、シジミ~、アサリ~って言いながら?
言いながら?
ついでにハマグリも売ると?
ハマグリも?
ハマグリは美味いよね~
肉厚だね、あれは。
昔、真打ちになった祝いに料亭で吸い物で頂いたね~
お椀にハマグリ一つに三つ葉を添えてね。
いや~雲みたいに椀の中で旨味が揺らいでたね~
いや~ハマグリは美味かった。
で?
アンタは朝は何時にここいらを通るんでい?
仕入れがあるから4時?
それから蛤を仕入れて?
朝の七時に長屋を回る?
へ~、なるほどね。
しっかし、アンタさ。
こうやって午後の四時にシジミを売ってるじゃないか。
え?
寝過ごした?
仕方ないねぇ。
じゃあ、そのシジミを買うよ。
いくらだい?
え?
今晩泊めて欲しいって?
え?
今日は寝坊して売り上げが悪いから?
悪いから?
今日帰ったら?
かみさんに怒られるって?
そいつはそのシジミにきくんだね。
え?
シジミは口が小さい?
口を閉じている。
じぁ、茹でてしまえばいい。
次第に口をパカッと開くよ。
え?
その時には死にかけていて声が小さい?
鍋が熱くてボコボコしてる?
熱くて鍋に顔を近付けられない?
それに声が小さくてきこえない?
困ったね。
何々?
ハマグリを買わないかって?
どうしてだい?
何々?
ハマグリは口も大きいし、肉厚で美味い?
おまけにお喋りだって?
本当かいそりゃあ?
何々?
鍋の中で?
中で?
歌を歌う?
本当かいそりゃあ。
よし、分かった。
そのハマグリを買おうじゃないか。
陽気なハマグリが鍋の中で歌うっていうんだから、楽しみじゃないか。
え?
ハマグリだけじゃダメ?
アサリにシジミもいると話が弾む?
いや、いいよいいよ、だって声が小さいんだろ?
ハマグリを四人前くれ。
ウチは四人家族だから。
え?
何々?
明日も来るって?
何々?
ハマグリがどんな噺をしてたかききたいって?
仕方ないねえ。
じゃあ、明日は寄席があるから、寝坊せずに起こしに来ておくれよ。
そんな贅沢は出来ないから、明日はシジミを買おうじゃないか。
で?
明日。
私の噺代は頂けるのかい?
ほらさ、ハマグリが鍋の中でどんな噺をしていたか、ききたいんだろ?
こちとら落語家だからさ、口から出るってもんは全て商売なんだよ。
噺代が頂けないなら、寄席でアンタの商売にだね、
砂ではなく毒を吐くよアタシは。
へっへっへ~。