前置き 【纏い三千】
第二部最後の噺ですな…
え?
あんたは誰かって?
私は番頭の宗形と申します。
◆
ええとね、
ずっとね、
あの親子を見てましたよ。
初代大吉の時代から、
私の一族はずっと番頭でしたからね。
◆
ええ、
第十三代目、
戦後の大吉、
【染谷宇刻】が毎回、楽屋で震えていたのは知ってますよ。
あんなに人を笑わせるのにね、
いつもニコニコしていたのにね、
何をそんなに震えているんだ?ってね。
子供の頃、
はじめて見たときは【がく然】としましたよ。
ええ、
私みたいな凡人には分かりませんよ。
それほど衝撃的だった。
◆
お孫さんの京夜さん、
十五代目はね、
【ありし日】をやった。
あの日、
真打ちをやる日にね、
全然ね、楽屋から出て来ないんですよ。
慌てて楽屋に迎えに行ったらね、
突っ立ったままね、
天井を見つめているんです。
ボーッとね…
口を開けたまま、
空を見つめているんですよ。
目の焦点が合っていないんですよ…
ええ、
ゾッとしましたよ。
ふとね…
涙が落ちたんですよ、
お孫さんの瞳からね。
そして言ったんですよ…
【宗形さん…】
【おじいと…おばあが見てる…】
【僕…十五代目に…なってくるよ…】ってね。
でね…
気がついたら、
十五代目は、
【ありし日】と【過ぎし日】を演じていたんですよ。
私はね…
いつの間にか舞台袖にいたんですよ。
時間がね…
記憶がね…
飛んでいるんです…
気がついたら舞台袖で泣いていた…
◆
でね、
その父親はどうだったと思います?
十四代目ですね。
そう【光陰】さんです。
あのね…
楽屋でね、
普段ね、
あんな怖い顔をしているのにね、
今日は静かな笑顔でね、
唄を歌って舞いをしてるんですよ。
分かります?
こうね…
扇子一つで舞っているんですよ。
綺麗でしたよ。
◆
冬に躍りし狐が一人
四方八方かき分けて
光陰どこかと狙い待つ
火縄をつけて狙い待つ
白に舞い
行きて過ぎ
何処にいやがる化け狐
狐め狐め見つけたぞ
九尾の狐がここにおる
しかし見てみろあの狐
尻尾が十四ありやがる
◆
そしてね、
ふと私を見てね、
優しい顔でね、
あんな怖い顔の人がね…
あんなに優しい顔で、こう言ったんですよ。
◆
宗形さん、いつもありがとう。
これからね…
十四代目に…
なってくるよ…
◆
相変わらずね、
【真打ちになる日】は歴代そろって声をかけられませんよ。
◆
あの一族は時を越える…
◆
ただね、
本当に【その日】はゾクゾクするんです。
心の底からね、未来を感じる。
◆
これからね、
人類が…
人が…
見たこともない…
きいたことがない…
噺がはじまるんですから…
◆
じゃあ天才…
宇刻さんの噺はって?
◆
【真打ち噺】ではありませんがね、
【代表作】です。
◆
【纏い三千】
◆
ええ…
【まといさんぜん】です。