追放された少女達。
<元白騎士団団長の聖天使>
「だんちょー!フィア様が戻られましたー!」
私にそう報告したのは、元白騎士団の見習い騎士だった。
「ええ、今行きます。」
三ヶ月程前、天界を追われた私達は、各地を転々としていた。
そして、ようやく目的地であるこの魔界に辿り着いたのだった。
「お疲れ様、フィア。アンリ様はなんと仰っていましたか?」
「お疲れ!……っと名前を呼べないのはやっぱり不便じゃない?」
そう言うフィアは呆れたような目で私を見てくる。
フィアは私の幼馴染で騎士団の副官だった。
私が追放された際に連座して追い出されてしまったのだけど、
私は彼女が傍に居てくれるのを心強いと思っている。
「私はヴィシュヌ様を救うまで、元の名を名乗るつもりはありません。」
私が力強くそう宣言すると、フィアは溜息をついていた。
「まったく…、じゃあ、”団長”行きますよ!」
そう言って部下の子を纏めるフィア。そして私達はアンリ様の居城に向かって飛翔した。
元騎士団のメンバーは、私とフィアとその妹で治癒術士として騎士団に所属していたシア。
そして、見習い騎士5名とお目付け役の騎士が一人。以上が今の騎士団メンバーだ。
元々私の騎士団は数百名程居たが、殆どのメンバーが他の団に移籍となった。
別に其れが悪い事だとは思わないし、私達は彼らを裏切り者だとは思っていない。
天界を追われた者に、全てを投げ出して付いて来いだなんて到底言える筈も無い事だから…。
「アンリ様の居城が見えてきました!」
「よし、皆!アンリ様に粗相の無いように!」
――――――…
魔界、アンリ侯爵邸
「よくお越し頂いた……、失礼、今は名を封印されているのでしたね。」
「はい、申し訳ないです…。」
「いえ、此方こそ配慮が足りず、不快な思いをさせてしまったようだ。」
私達を出迎えたのは、この地域を治めている領主であられるアンリ様。
美しい金髪の端整な顔立ちをした青年、それがアンリ様だ。
「しかし、神族の中でも高位とされる聖天使の貴方が、ノスフェラトゥである私を頼られるとは…、やはりヴィシュヌ様の件の影響は大きいと言う事ですね?」
「はい…、軍部は彼の者の手に掌握され、有力者達も皆あちらに付いております。」
「となると、…後は、世界を流れている神々ぐらいですか、此方に引き込めそうなのは。」
「はい…。ですが、其の方々は…。」
「ええ、個人主義の方々ですよね。」
そう言って、ふっと微笑むアンリ様。
「はい。仰る通りで…。」
バツが悪くなった私はそのまま俯く。
「まあ、何をするにしろ先ずは休んではいかがか?長旅の疲れも出ているでしょう?」
確かに…、私やフィアは兎も角、他の者の疲労は既にピークを越えている。
彼女達は懸命に振舞っているが、まだ年端のいかない少女達だ、無理をしているというのは明らかだった。
アンリ様のご好意で、暖かい食事とベッドを用意して貰った私達は、久々にゆっくりしていた。
「ようやく、一息つけたねぇ…。」
ベッドの上でだらしなく伸びているフィア。
「姉さま、はしたないですよ!下着が見えてます!」
「いいじゃない、別に…。ふあああ…。」
シアの窘めを軽く流して、大欠伸をするフィア。其の姿に私は可笑しくなってきてクスクスと笑っていた。
「フィア?シアを困らせたら駄目ですよ。」
「はいはい…っと。口煩い二人がいるとゆっくり出来ないなぁ。」
渋々と言う感じでフィアは起き上がる。そして、ぴょんっとベッドから飛び降りて窓の外を見ていた。
「魔界のヒトは、協力してくれるかなぁ?」
「それが今回の旅の目的ですよ。」
魔界のヒト…魔族達は殆どの者がヴィシュヌ様を敬愛し信仰している。
アンリ様も其の一人で、若くまだ弱かった頃は何度もお力を借りていたと聞いている。
そもそもヴィシュヌ様の別称は”魔神ヴィシュヌ”つまり元魔族だと言う事だ。
だからこそ、純潔の神族の多くはヴィシュヌ様を疎ましく思っていた。
天界すら統べる事が出来る、ヴィシュヌ様のお力を…。
「そういや、チビ達はどうしてるかな?何かやらかしてなきゃ良いけど。」
「チビって…、フィア貴方が言うと…人間世界で言うブーメランと言うものになりますよ?」
「うっさい!アンタだってそんなに変わらないでしょ!」
ブーメランだったのはお互い様だったらしい。そしてシアはそんな私達の口論を見てクスクスと笑っていた。
そして次の日。
「おはよう御座います!アンリ様。」
「おはよう。ゆっくりと休めたようですね。」
「はい、お陰様で!」
「しばらくはゆっくり休んで置くといいでしょう。こちらでも情報を集めている所ですから。」
情報?
「その、アンリ様。その情報というのは一体…何のことでしょうか?」
ヴィシュヌ様の件?いや、魔界からは直接干渉出来ない筈、天界から魔界に直接干渉出来ない事と同様に。 となると間者を?
「何やら思案に耽っているようですが、隠す様な事でもないですし、話しておきましょう。」
「い、いえ!ヴィシュヌ様の件を調べているならどうやってと思ってしまっただけで!」
私の態度が、アンリ様に疑念を抱いていると取られたと思った私は、慌てて考えて居た事を口に出した。
「成程…尤もな疑問ですが、残念ながらヴィシュヌ様の件を調べていた訳ではないですよ。」
「と仰いますと…?」
「此方に引き込める魔界の勢力はないかと探っていたのです。魔界とて一枚岩ではないですから。」
其の言葉に私は疑問を抱いた。アンリ様に対して隠し事をしない方が良いと思った私はそれを口にする。
「一枚岩ではないとは…、魔王様達の間で争いが起きたのですか!?」
だとしたら一大事だ…。魔王様達は一人一人が一騎当千、ヴィシュヌ様奪還には欠かせない存在だった。
「いや…、現王達は親友同士…。諍いが起こるとは思えません。」
「え…?」
私は耳を疑った。魔王様達は仲が悪いとは言えないまでも、決して良好な関係では無かった筈。
「……最近世代交代が起きたのです。しかも、ほぼ同時期に。」
「!?」
まさか、簒奪!?
私の考えが顔に出ていたのか、アンリ様は肩を竦めて話し始める。
「新王は嫡子の方々ですよ、勿論其の方々が手を結んで前王を殺したと言う訳ではありません。
あの方々は修行の一環として、人間界で言う所の冒険者となり、各世界を回っていますから…まだお戻りになられてない筈ですよ。」
「と、言う事は…、其の方々は…。」
「はい、前王が倒れた事も、魔王襲名の事実も知らないと思います。」
「そうですか…。」
魔王様が敵に回らず済んだと言うのは良かったのですが…。
「…この件を天界には?」
「勿論、伝えておりません。各勢力の長も其れぐらいは理解してますよ。」
アンリ様の言葉に、私は安堵の溜息を漏らした。
魔界に魔王様が不在となれば、全面戦争を起こしても可笑しくはない。
特に、ヴィシュヌ様を陥れたあの方々の選民思想は異常ですから…。
ただ、一つ気になることがあった。何故アンリ様は私にこの情報をもたらせたのか。
天界を追われたとはいえ、私は聖天使であり高位神族の一人だ。
私はアンリ様を見つめる。すると、私の心を見透かしたようにアンリ様が微笑んだ。
「貴方方には新たな魔王様と接触して欲しい。そして、前王の訃報とヴィシュヌ様の事を伝えて頂きたい。」
「そう言う事ですか…、此方としては戦力が増えるのは歓迎です。其の任はお受けします。」
「其れは良かった。ただ…、あのお方達と接触するのならもう少し力をつけた方がよろしいかと。」
「……私では力不足と言う事でしょうか。」
「ええ、今の貴方とフィア殿では力を合わせてもあの方々はおろか、私にも勝てないでしょう。」
「くっ…!」
流石にこの言葉には悔しさが込み上げる…、アンリ様は悪気があって言っている訳ではないから尚更!
「そこで、貴方方に接触して頂きたい方がいまして…。」
「えっ…?」
「昨日、話にあがりましたよね?放浪している神がいると。…私の所領にお一人いるんですよ。」
え!?
「ただ…、何というか類にもれない方なので、いきなり殺されたりはしないと思うのですが、如何しますか?」
そんな事…問われるまでもありません!
「会います!其の方の所在地は!?」
私の力強い返事にアンリ様は微笑んだ。
「では、お教えします…久遠様は南方の森を縄張りにしています。…十分注意されて向かうのですよ。」
久遠様…、天界では聞いた事のない名ですね…。
「分かりました。行って参ります!」
アンリ様に一礼をして、私は仲間の元に戻った。
連れて行けるのは…フィアとシアの姉妹ぐらいですね…。流石に新米騎士の子には荷が重過ぎます。
そして、私はフィア達と情報を共有した。すると、意外な所から声が上がった。
「だんちょー!私達も連れて行ってください!」
「そうです!私達も団長の配下なのですから!!」
次々に見習い騎士の子達から声が上がる。この状況に困った私は思わずフィアを見てしまった。
「…私に丸投げする気?もう、仕方ないな…。皆!」
フィアの言葉に全員が佇まいを直す。
「全軍出撃だー!!」
「「「「「「おおーーっ!!」」」」」」
「って、ちょっとー!?」
フィアのノリに思わず素を出して突っ込んでしまった私。
そして、フィアはペロっと舌を出しながら笑っていた。
「この子達に言っても無駄でしょ?じゃなきゃ、態々付いて来る訳がないじゃない。」
フィオの尤もな指摘に私ははっとなった。言われてみれば私に付いて来た事自体が自殺行為だったと。その事実に気が付いた私は、その場で項垂れていた。
―――――――――…
「別に私達は死ぬつもりはありませんよ。」
南方の森に向かう道中で、見習い騎士の子がそう言った。
「そうですよ!ヴィシュヌ様に新しい名を頂くまで死ぬつもりはありません!」
「いや、アンタ達まで団長に付き合わなくて良いんだからね!?」
そう、見習い騎士の子と唯一残った騎士の子は、私が名前を封印した時に彼女達も自分の名を封印した。
その様子にフィアは困惑していたらしいけど、彼女達の気持ちは分かるので私は責めなかった。
「アンタらは良いんだろうけどさ、管理する私やシアの身にもなってくれない!?」
フィアの苦情に私達は何も言えずに押し黙った。
……フィアが居てくれて、本当に良かったと思っています。…口に出したら怒られそうですけど。
前方に広大な森が見えてくる。そろそろ目的地に着きそうだった。
「そろそろ、降りて移動しましょう!地上から攻撃されたら悲惨ですから…。」
私の言葉に皆は揃って頷いた。そして、私達は森の入り口で地上に降り立ち、森の中へ立ち入った。
「此処からは、久遠様の縄張りです。皆、油断をしないように!」
『はいっ!』
「じゃあ、隊列を組んで…「ほう!神族とは珍しいのう!」」
『!?』
急に聞こえてきた声に、私達は一斉に警戒して構える。
すると、森の奥から10~12歳位の金髪の少女が現れた。
「…妖狐?」
私の呟きに、少女はにへらと笑って…。
「私は久遠、天狐じゃ!」
久遠と名乗った少女は思いっきりドヤ顔を決めていた。