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名も無き物語(仮)  作者: 如月彰
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獣人族


 ≪ゼオラ≫


 私とスレイは嘗て孤児だった。両親の事は覚えていない。ただ、当時の状況を考えれば生きている可能性は低いだろう。


 私は狼人という獣人種で、スレイは猫人だ。あの頃は、私達獣人…いや、全ての亜人種に対しての迫害が酷かったのだ。勿論、今もそれが無くなった訳ではないが、少なくとも私達が暮らすマウアー伯爵領では直接的な差別や侮蔑といった視線は無くなっていた。


「ご主人様、お食事の準備が整いました。」


「うむ。」


 そして今、私達はマウアー伯爵の屋敷で使用人として働いている。獣人族として身体能力が高い私達は普段はメイドとして働き、外出時には護衛役を兼任している。


 働き始めた頃は、他の使用人から疎まれる事もあったが、あれから10数年経った今では皆が優しく接してくれている。これらもみなご主人様のお陰だ。


 特に最近では二つ年下の少年、アラドと私の仲が良い為、周りからは冷やかしを受ける程だ。アラドは純粋な人間なのだが、どういう訳か私を慕っている様に思える。


「な、なあ、ゼオラ。俺が立派な執事になったらさ…、あ、いや!何でもない!」


「?変なアラド。」


 だけど、最近はこんな調子で、彼の事が少しわからないが、何故か悪い気はしない。私は何かを期待しているようだ。


 そんな小さな幸せな生活が続く中、ご主人様の遠征が決まった。


「ルーラン王国のラズベール伯爵との会談に私も赴くことになった。外務大臣が先発で既に出航しているという話だ。我々が遅れる訳には行かない。だが、今からでは満足に人を集める事が出来ない。だから、二人を呼んだ。」


「「はっ!お供します!!」」


 私とスレイはご主人様のメイド兼護衛。徒手格闘に剣術、ナイフ術を収め、その上各自で身体強化の魔法が使えるので、今回の任務には最適だったのだろう。私達にも思う所は無かった。


 そして、翌日には私達の乗った船が出航する。これは異例の早さだと思っていたが、ご主人様と同じような同行者が先に船や物資を手配していたかららしい。


 ルーラン王国まではおよそ一週間の日程だ。この海域は比較的魔物の様な危険生物が少ないので、私達はあまり気負わずに過ごせると思っていた。


 そう、問題はあったのだ。同行者達の嫌味は兎も角、海賊は不味かった。勿論、私達は必死に抵抗をしようとしたが、あっさりと護衛の兵士達がやられ、他家の貴族が捕まってしまい私達は投降する羽目になった。


「くっ!やむを得んか…。」


 剣を振るい多くの海賊達を切り捨てたご主人様が、歯噛みをしながら剣を下す。私達もそれに従うしかなかったのだ。


 本音を言えば、他家の貴族なぞ私達にはどうでもいい。そう、ご主人様さえ守り切れれば。実際、あの連中が人質にならなければ、この程度の人数なら制圧出来ていた筈だ。


 だが、ご主人様はスーメリア王国の貴族だ。人質になった他家の貴族をないがしろには出来ない。結局生き残った私達は全員、海賊達の捕虜となってしまった。


 そして、今に至る。


「おお!獣人族にしては良い女じゃねえか。」


「ああ、いい身体をしてやがる!」


 私達は今、服を脱がされ恥辱を受けている。まだ、直接手を出されていないが、もはや時間の問題だろう。 だが、そこに付け入る隙がある。


 この場をいかに素早く制圧出来るかというのが問題だ。時間を掛けてしまえばまたご主人様達が人質に取られてしまうだろう。


 私達は目線だけで会話をしながら、チャンスを待つ。連中の武器を奪えれば一番良いのだが、流石にそれは高望みし過ぎだろう。


 そんな思考を張り巡らせていたが、事態は急変する事になる。


「大変です!お頭!!人質共が消えました!!」


「な、何だと!?まだ、金を受け取ってねえんだぞ!?」


 金を受け取る?身代金の事か?よくわからないがこれはチャンスだ。


 私達は同時に動き出し、近くにいた男達の顎を裏拳で打ち砕く。


「がぁっ!?」「ぎゃ!?」


「なっ、てめえら!?」


 男達が目を剥いて叫ぶが、私達はそれに動じずに崩れ落ちた男達から剣を奪い取る。


「スレイ、ご主人様達は無事みたい。私達も合流するわよ!」


「ええ、でも、もう少し減らしていかなければ…ね!」


 そう言って、スレイは両手に持った短剣で海賊達を切り伏せていく。


 私も同様に、切り捨てていくが、次第に状況が悪くなっていく。


「一体どれだけいるのよ…。」


 切っても切っても、どこからか押し寄せて来る海賊たち。しかも、今は遠巻きに囲まれていて迂闊に飛び込む事が出来ない。


「ご主人様の援護に行かないといけないのに…。」


 私達は睨み合ったまま、動くことは出来ない。なのに、敵はどんどん増えていく。このままジリ貧が続けば、私達の魔力も尽きてしまう。そうなったら、押しつぶされて終わりだ。


「ん?どうした?」


「お、おい。うしーー」


 どういう訳か、敵が動揺している。不思議に思っていると突如耳をつんざくような音が聞こえる。


「うっ!?」


「くっ!?」


 耳の痛みに思わず蹲ってしまう。致命的な動きだ。だが、私達に刃が届くことはなかった。その代わりに…


「火、か、火事だ!?」


「ど、どうなってやがる!?うわあ!」


 突如現れた炎が部屋を蹂躙する。次第に広がっていく炎は酒樽を飲み込み引火、近くにいた者達は炎を身に纏い踊る。


 そんな光景を私達も唖然と見ていると、”私達だけ”に声が届いた。


『こっちだ!』


 20歳ぐらいの冴えない男が、此方に来る様に手を招く。


 私達は一瞬戸惑ったが、彼は身なりが良く、海賊には見えない。恐らく、ご主人様を救った傭兵か何かだろう。


「こうしていても仕方ないわ、行きましょう。」


「ええ、でも、警戒はするべきよ。」


 私とスレイは、混乱している海賊達をしり目に、傭兵らしき男と合流する。


「よし、付いて来てくれ。」


 男の言葉に頷き、部屋から離れる。しばらくすると、前方から腰に剣を佩いた女の子が走って来る。


「ユニ、お疲れ。すまないな、危険な役を押し付けて…。」


「いえ、火球を遠隔操作するだけですから、それ程危険じゃなかったですよ。」


「そういう事じゃないんだが…。いや、いいか。」


 そう言って男はユニと呼ばれた女の子の頭を撫でる。


「ねぇ、そんな事している場合じゃないんじゃない?」


 何やら和んだ空気を出す二人に、焦れたようにスレイが言う。


「ああ、そうだな。つっても、直ぐには出られない。思った以上に数が嫌がるからな、ゲリラ戦で数を減らさないとな。」


「「ゲリラ戦?」」


「あー、えっと、見つからない様に敵の数を減らしていくって話だ。」


「…そんな事が可能なの?」


 あれだけの人数相手に、どうやり過ごす気なのか。そもそも、戦闘音で嗅ぎつけられるだろう。


「可能だよ。現に俺達は見つかる事なく、二人を助ける事が出来ただろう?」


「そう言われてみれば…。」


「確かに…。」


 目の前でやられては納得するしかないが、腑に落ちない。は!?


「クウさん、7人程近づいて来てます。」


「ああ、とりあえず、移動しよう。」


 敵が近づいてくるのは私も気づいた、でも数までは分からなかった。この子は一体…。




 ≪クウ≫


 道中で軽く自己紹介した俺達はひとまず牢屋まで戻った。ここは一度調べられただろうし、戻って来るとは連中も思わないだろう。来たとしても恐らく数人程度、それ位であれば何とでもなる。


「とりあえず、ここで一旦休憩だ。連中もまさか牢屋に戻るとは考えないだろう。」


「…そうね、ここから逃げ出した訳だしね。」


「あー、先ずは、その恰好を何とかした方がいいな、うん。」


 と言っても、替えの服なんて持ってきていない。仕方ないので、俺達の羽織っているマントを付けて貰うことに。


「悪いわね。」


「助かるわ。」


 と、お礼をいう、猫獣人スレイと、”狼”獣人ゼオラの二人。うん、どう見ても狼の耳だろう、ジェネレイト伯爵め、犬好きの俺に対して犬獣人とか嘘付きやがって、まぁこれはこれでアリだけど。


 ただ、二人とも可愛いというより綺麗系なんだよな。俺としては可愛い獣人の女の子を期待していたんだが。口調も、少女っぽくないしちょっと残念だ。


 ちなみに、スレイは青髪のストレートロングで切れ長の目が特徴だ。ゼオラの方は銀髪のショートボブっぽい感じで、顔つきはあどけなさが少し残る美人さんだ。


「とりあえず、俺とユニの短剣を渡しておくよ。二人が持っている奴は今にも折れそうだしな。」


「ええ、ありがとう。」


「…それで、これからどうするのよ?」


「休憩しつつ、少し待機だな。今はまだ、連中も固まって動いていてるだろうし。」


 先程の様な奇襲を掛けて、即離脱という戦略なら何とかなるかも知れないが、地形的に難しいだろ。なら狭い通路を経由して暗殺していく方がよっぽど安全だ。


 ユニの強力な身体強化魔法があるとはいえ、無理は禁物だ。魔力も有限だしな。ただ、前衛を務められる二人が加わったのは大きい。朝までには片を付けてやる。


 こうして、即席パーティを組んだ俺達と海賊達との最終決戦が始まった。


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