潜入弐
「君たちは…?」
ダンディな髭のおっさん…っていうのは失礼だな。というか、俺とあまり年が変わらない可能性もある。
そんな髭ダンディが驚きながらも俺達に話しかけてきた。
「ラズベール伯爵の依頼で来ました。えっと、スメリア王国の方で合っていますか?」
スメリア王国で合っているよな?でも、なんだか反応が微妙だぞ?もしかして国名を間違えたか!?
「あ、ああ。我々はスーメリア王国の大使団で、私は、海軍副提督のギルバート・フォン・マウアーだ。」
あ、微妙に間違えていた。っと、それはそれとしてギルバートっていうと…。
「ギルバート提督ですね。お迎えに上がりました。我々と共に脱出いたしましょう。」
いつの間にか来ていたヴォルガが話を進めていた。助かる。こういう段取りについてはよくわからないからな。
「おお!」
「これで助かるのか!」
「しかし、もう少し早く来れなかったのかね?」
助けが来た事で安堵したのか嫌味を言う者までいるが、ヴォルガは表情を強張らせながら相手を宥めている。
後は彼らを連れてここから脱出すれば、任務完了だ。…と思っていたのだが。
「これで全員ではない、つい先程二人が連れて行かれてしまったのだ!」
と、声を荒げていたのはギルバードさんだ。どうやら、俺達が来るほんの少し前に彼らの仲間が何処かに連れていかれてしまったようだ。
「いや、その二人に関しては問題ない!早く我々を開放してくれ!」
これは面倒な事になったと、思っていたのだが妙な雰囲気になった。
「ジェネレイト伯爵!貴殿は二人を見捨てると言うのか!?」
「所詮は従者でしかない平民共だ。しかも奴らは…。」
「ちょ、ちょっと待ってください!お二人共落ち着いてください!!」
ヴォルガが慌てて仲裁をすると、ジェネレイト伯爵は鬱陶しそうな視線を送りながら口を開く。
「何だね君は?平民の分際で私に意見をするのかね?」
「い、いえ、そういうつもりでは…。」
「では、どういうつもりで…。」
ジェネレイト伯爵がヴォルガに食って掛かろうとした所で、他の皆さんから制止が入る。
「ジェネレイト伯爵、此処は抑えてください。未だ敵地なのですから。」
「む、むう。」
その言葉に今度こそ押し黙るジェネレイト伯爵。しかし従者の切り捨てか、貴族の子息子女なら兎も角、平民では…。
「兎に角脱出しましょう!この人数で動けば目立ち過ぎます。」
ヴォルガが判断を下した。優先事項を考えれば、やはりこうなるよな。
「…彼女らは私の従者なのだ。何とかならんのかね?」
ギルバードさんはまだ諦め切れないという様子でヴォルガに話し掛ける。
「…どちらにせよ、奪還するのなら此方の人数が足りません。船着場に1個小隊の騎士達が居りますがそれでも足りないかと。」
「ぐっ、そうか…。」
ギルバードさんは悔しそうな顔で拳を握る。そこに先程のジェネレイト伯爵が声を掛けた。
「それならマウアー伯爵には諦めて貰うしかありませんな、何、新しい従者を雇えば良いのですよ。今度は獣人等という劣等種ではなく人間の。」
「貴様…!」
ジェネレイト伯爵の物言いにあからさまに顔色を変えて怒るギルバードさん。というか、ちょっと待って!獣人っつった!?
「獣人ですか?」
「そうだ、猫と犬の二人だったか。そんな物の為に我々が窮地に陥る必要はないだろう?」
猫耳!犬耳!?…え?ちょっと待って!捨て置くの勿体ないじゃなかった!俺としてはあり得ないんだけど!?っていうか、超見たい!触れたい!もふりたい!!
だって、俺ってば異世界に来て人間以外…、ユニは一応人間じゃないけどほぼ人間なのでノーカン。そう、人間以外を見ていない!せっかく異世界に来たんだからエルフとかドワーフとか獣人とか魔族とか見たくない?(魔族は友好的なら)
「ヴォルガ、ちょっと…。」
「うん?」
ヴォルガを呼びつけ、俺の考えを話す。
「…本気か?だが音の結界はどうするんだ?」
「それなら大丈夫だ。俺から離れても30分ぐらいは持つ。お偉いさんはどちらも伯爵の様だし、片方だけに遺恨を残す形になるのは良くないと思うぞ。」
「結果はどうあれ、誠意を見せなければラズベール伯爵にも迷惑が掛かるか。わかった、だが気をつけろよ?」
此方の話は纏まった。後、ユニをどうするかだが…。
「クウさん。私も付いていきますからね。」
俺達の会話が聞こえていたらしい。ユニは地獄耳だったようだ。
「まぁ、そうなるよな。じゃあ、話をつけてくる。」
そう言ってヴォルガは人質達の元に戻る。こちらの提案にギルバードさんは大変驚いた様子で、頼むと頭を下げられてしまった。ちなみに、ジェネレイト伯爵は戦力低下について言及していたが、直接戦闘能力が低い事を説明すると
「ちっ、なんでそんな奴を送ってくるのだ。」
などと、厭味ったらしく文句を言っていた。殴りたい。それはさておき、これからの方針が決まった。
ヴォルガ達は予定通り要人達を連れて船着場まで撤退する。その後は俺達を待つ事になるんだが、そのタイムリミットは夜明け前までだ。最悪、夜明けと共に船を出さないと船が補足されてしまう可能性がある。
次に俺達だが、基本はいつも通りに事を進めるのだが、今回はユニの支援魔法をフルに使う予定だ。魔法を使えば痣が浮かび上がる訳だが、之から殺す連中に見られたところで問題はない。
そう、俺達がやろうとしている事は殲滅戦だ。10人未満であれば問題がないが、一気に囲まれてしまえばピンチに陥ってしまう。だが、俺達にはそれぞれ感知能力がある。そうそう囲まれたりはしないだろう。
前情報では300人以上とか言われているが、伯爵軍に対応して海に出ている海賊も多いだろう。なので残りは半数もいない筈だ、ここに来るまで道中で20人弱倒しているわけだしな。
「クウ、ユニ無事に戻って来いよ。」
「ああ、そっちも気をつけてな。」
ヴォルガは俺と拳を合わせて、元来た道を戻っていく。
「よし、いくか。」
「はい!」
ユニと頷き合い、俺達も行動を開始した。
≪ヴォルガ視点≫
クウの音結界はやはり優秀だ。あれから俺達は特にトラブルに見舞われる事も無く、無事に船着場へと辿り着いた。
「お待ちしておりました!さぁ、此方へ!食料とお召し物がございます!」
「うむ!ご苦労。」
待機していた騎士共がへりくだった様子で要人達を迎え入れる。それを見ていた俺達の仲間はどいつも汚いモノでも見ているかのようだ。
「彼らは無事だろうか?私が無茶を言ったばかりに君達の仲間が。」
副提督のマウアー伯爵だけは、クウ達の心配をしている様だ。うちのラズベール様もそうだが、良いお方の様だ。
「私も心配ではありますが、彼らは優秀です。きっと、マウアー伯爵の従者の方を連れ帰って来るでしょう。」
「そうか…。」
それにしても、クウの奴。獣人を態々助けに行くなんて何を考えているんだ?いや、いくらクウでも流石にそこまで無茶な事はするまい。恐らくマウアー伯爵に大人しく同行してもらう為の方便だろう。
だが、いくら何でも1、2時間程度では戻って来れまい。それまで此処を死守しないと…。
そんな事を考えていたのだが、事態は可笑しな方に転がっていく。
「此処から撤退するだと!?未だ戻ってない者が居るではないか!」
「落ち着いてください、マウアー様。貴方の心中はお察ししております。ただ、我々には貴方方を無事にお連れすると言う責務があるのです。」
「私の従者や、傭兵の二人は如何なる!?」
「残念ながら見捨てて行くしかありませんな。それに…、如何やら連中に嗅ぎつかれた用ですよ。」
「な!?」
クソ!騒ぎ過ぎだ。ドレッドの奴、伯爵を挑発する様な事を言えばこうなると予想付いてただろうに…。
「おい、ヴォルガ!解っているな?我々の撤退を援護するんだぞ!」
「なっ!?俺達はどうなるんだよ!?」
ドレッドの命令にキールが抗議の声を上げる。
「小型船は残していく。後はそっちで何とかしろ!」
そう言って、ドレッド達騎士は要人達を連れて船に乗り込んでいく。それに抵抗したマウアー伯爵は他の要人達に両腕を取り抑えられながら船に乗せられていた。
予め準備を終えていたのだろう。船は直ぐに出航して、この場には俺達だけが残る事になる。
「どうすんだよ!?ヴォルガ!」
「泣き言を言っている場合じゃないでしょ!?キール早く弓を構えて!」
「クソ!あいつら!」
レイラに窘められたキールは、憎悪に満ちたような目つきでドレッド達が乗った船を見た後、半ば自棄になった様に矢を番えた。
「来るぞ!」
ダラスの声で全員が戦闘態勢に入る。ここが俺達の正念場となってしまった。
≪クウ視点≫
ヴォルガ達と別れた後、俺達は順調にアジト内を攻略していった。やはり他人の目を気にせずに動けるこの状況は良い。何しろ今のユニは体の文様が光りっぱなしだからな。それに…。
「クソ!こいつら一体何なんだ!?たった二人だけ、しかも片方はまだガキなんだぞ!」
部屋に居た20人程の海賊共は大混乱に陥った。最初の奇襲で4人が切り倒され、一人また一人と数を減らしてく。
こうして俺達が真っ向から戦えているのは、ユニの支援魔法のお陰だ。ソウルドレインの影響で俺の身体能力は傭兵としての基礎能力を既に超えている。そしてそこに支援が入れば…。
「こいつら強すぎる!?お、おい!応援はまだ来ないのか!?」
俺達の戦いぶりを見た海賊が狼狽しながら、部屋の外を見る。
だが、援軍は来ない。恐らく他の連中は未だ酒盛りの最中だろう。こいつらがさっきまでそうしていたように。そもそも、此処の音は外に漏れない様に遮断してあるんだ。
俺は一応ユニと目配せをする。彼女の空間把握能力は人間の様に大きな生体反応を感じる事が出来る。するとユニが黙ったまま頷く。どうやらこの部屋に近づいてくる者はいない様だ。
「とは言っても、こんな所で時間掛けている訳には行かないな。」
俺達は同時に駆け出す。その際、部屋から逃げ出そうとした海賊に持っていた短剣を投擲する。
「バカめ!武器を投げて、俺達と戦えるとで…。」
俺が丸腰だとでも思ったのか、そんな事を口にしながら獲物を振り上げる海賊の首を、抜刀の勢いのまま切り飛ばす。
ヴォルガやダラスから剣術の手解きを受けてはいたが、刀の方もきちんと訓練していたんだ。俺の技術はまだまだだろうが、この程度の連中なら後れは取らない。何しろ海賊や盗賊といった連中は、傭兵にも兵士にもなれない様な奴らばかりなのだから。
「よし、この部屋は制圧した。次に行くぞ!」
「はい!」
どう考えても後々面倒になるので、潰せそうな場所は予め潰しておく。でなければ助けたところで脱出なんて不可能だろう。
そんな理由で片っ端から潰して回っていると、突然怒号が轟いた。
「見つかったか!?」
「…いえ、周辺に人の反応はありません。この先にある大広間からでしょうか?」
「何かあったのか?ユニ、道中に反応は?」
「大広間まで反応は無しです。ただ…、大広間の反応が大きくなっていってます。」
となると何かしらのアクシデントが起こって、奥にいる連中が集まって来ていると考えた方が良さそうだ。
「よし警戒しながら進むぞ。そして、彼方に付いたら少し様子を伺おう。」
敵がどれぐらい残っているかは分からないんだ。対処出来る人数なら良いんだが…、最悪撤退も視野に入れないとな…。
そんな事を考えながら、俺達はアジトの中心部に向かったのだった。