潜入壱
お久しぶりです。またまた開けてしまって申し訳ありません。
翌日の夕方頃、俺達はヴォルガの案内で港――ではなく、岩場で隠された入り江に向かっていた。
「確か作戦では港からアジトに向かう予定じゃなかったのか?」
領地軍は港に向かった筈だと思い、ヴォルガに問い掛けてみた。
「いや、それは領軍達の話で、俺達はこっちだ。」
どうやら正規軍を動かして連中を釘付けにする囮作戦らしい。勿論、会戦したりなんかはしない。あくまで彼らはひきつけ役である。
「成程な。」
ちなみに、軍の船団が爆発する…なんてエピソードはなかった。うん、そろそろ映画から離れて現実を見よう。俺は別に時計塔から落ちた訳でもないんだから。
「俺達は小型船3艇で海賊のアジトがある島に向かう。……こっちにも何人か騎士がいるけどな。」
騎士が同行する事は、俺も聞いている。だが、ヴォルガは浮かない表情をしている。
「どうかしたのか?」
どうにも先程からヴォルガの様子がおかしい。
「騎士連中に関してだが、俺が対応するからクウは口を挟まないでくれ。」
「…分かった。」
ヴォルガの言葉で俺は察しが付く。つまりは所謂、お約束と言う奴だろう。相手は騎士様な訳だし。
そう、一般的に騎士と言えば貴族がなる物で、この世界…は言い過ぎだが、少なくてもこの国ではそうなっている。そしてヴォルガの物言いから察するに、貴族らしい貴族なのであろう。悪い意味での。
「ユニは俺の側を離れるなよ。」
「はい!」
ユニも蔑まれる対象ではあるのだが、良くある忌み子キャラとは違い、ユニの場合は事情が異なる。その理由は外見上普通の人間と変わらない上、魔法を使わなければ文様が現れないので、ぱっと見では気付かれないからだ。
なので、ユニの場合は先にその容姿を見られる。 出会った頃とは違い、今のユニはそこそこの商家のお嬢様に見える。となれば妾や愛人枠として見初められる可能性がある。
この世界の文明レベルで考えれば、ユニにとっては玉の輿になる訳だが、脱げば半魔人の証である紋様が薄っすら見えているので、気付かれる可能性は高い。そうなったら一気に破滅なので、とてもじゃないがそんな道には進ませられない。
未だに反応がないヴィシュヌの返答次第ではユニを置いて行く事になってしまうので、その場合に備えてユニに金を残さないといけない。
今回の依頼はある意味、渡りに船という感じだった、無事に要人を救出出来れば金貨50枚。日本円にして大体500万ってとこだ。其の上で道中で手に入れたものは懐に入れても良いと言われているので、金目の物があれば回収するつもりだ。
…どっちが賊かわからねえな?
それはさておき。
「止まれっ!…っち、ヴォルガか。」
舌打ちをしながら剣を向けた騎士らしき男に、ヴォルガは両手を上げながら近づいていく。
「分かったのなら剣を下げてくれよ。今回は一緒に行動するよう伯爵様から言われているだろう?」
「ふんっ!傭兵風情が偉そうに…。」
悪態をつきながらも剣を収める騎士の男。やはり、予想した通りの男だった。
「他の連中は如何した?まさか、こんな弱そうな男と小娘だけって事はないよな?」
騎士は此方に一瞥だけして、ヴォルガに問いただす。
「ああ、レイラ達は物資の調達してから合流だが…、来たようだな。」
ヴォルガが目を向けた方を見るとレイラ達が荷車を押しながらやってきた。
「少し遅れたわね。でも、先方に失礼のない程度には集められたわ。」
レイラ達が運んできた物、それは食料や衣類といった物資だった。
囚われているのは身分の高い人間だからか、良いものが揃っているように見える。
正直な話、囚われた人間を救いに行くだけでこんな物資が必要だとはとても思えないのだが、俺が口を挟む様な話ではないだろう。
「遅い!我々を待たせるとは…!?」
「あー、はいはい!直ぐに出ないと行けないでしょう?だから先に物資の積み込みをさせて頂戴!」
「む、むぅ…。おい!お前らも早く動け!」
口論を続けていても時間の無駄だということに気が付いたのか、騎士の男は俺達にそう言い放った。
「ったく…。」
ヴォルガはやれやれという感じに肩をすくめて、レイラ達の手伝いに向かった。
……………
………
…
あの後は特にトラブルらしき事もなく、無事に船は出航した。
いやまぁ、騎士連中の嫌味口撃はあったから、トラブル皆無という訳ではないのだが、態々書き記す様な話でもないだろう。
「おい、それはどういう事だ?今回の作戦はこの場にいる全員で当たる筈だろ?」
トラブルが起きやがりました。
「貴様こそ、何を言っているんだ?船を守る為に人員を割くのは当然の事だろう?」
と、そんな会話をしているのはヴォルガと最初に絡んできた騎士の男だ。ドレッド・フォン・モルグレンという名前らしく、伯爵家の三男坊らしい。
「それは分かっている!だけど、何故その役目が騎士全員なんだ!?」
補足を入れると、今回同行している騎士は全部で9人。多分1個小隊って奴だろう。つまり、俺達より人数が多い訳だ。
「はぁ…、貴様は何も分かっていないらしいな。」
と、小馬鹿にするような目でヴォルガを見るドレッド。
「今回の我々の目的は何だ?」
「は…?要人…、海賊に捕まった友好国の貴族や軍幹部の救出だろう?」
そんな事は分かっていると言いたげな顔で、そう答えるヴォルガ。
「となれば、先ず、優先すべき事は退路の確保であろう?深夜とはいえ、万が一船が見つかって奪われでもしたら如何するつもりだ?」
「!?…っそれは…!」
「それに、我々と貴様ら傭兵共が肩を並べて戦えるとでも思っているのか?それとも、此方の指示に貴様らが絶対に従えると言うのか?」
どうやらヴォルガの方が旗色悪いというか、向こうの方が正論である。
ドレッドの指摘通り、船を奪われでもしたら、要人の救出どころか自分達の命すら危ない。それに正規の騎士つまり軍人となると、足並みを揃えるというのも無理な話だろう。連中はそういう訓練もしているのだろうから。
つまりは、船の防衛に関しては彼らに任せるしかないという事だ。勿論役目を逆にするという手もあるが、金属鎧のフルプレートという訳ではないが、重装備の彼らだけでの隠密行動は難しいだろう。俺が随伴しているのならともかく。とりあえず…。
「ヴォルガ、騎士様の言う通りだ。元々此処は大人しく引いておこう。」
「ぐっ…!」
「ほう?そっちの平民はひ弱な割に物分かりが良さそうだな。」
一言余計だっての!つうか、これでも常人よりか身体能力は上だぞ!
そう、今までの盗賊退治やこっちに来てからの狩りや何やでそこそこの力がついてきたのだ!まぁ、本職の戦士や騎士にはまだまだ敵わないだろうけど…。戦闘技術なんて習い始めたばかりだし。
とはいえ、今まで戦ってきたような盗賊ぐらいの連中なら十分に真っ向勝負が出来る。四十路前だからって舐めてると痛い目見るぜ?(尚、肉体は既に活性化して二十歳前後程度に若返っている。)
完全な余談だが、伯爵夫人から会う度に俺の若作りについてしつこく問い詰められたので、毎日風呂に入って血行を良くすればいいと適当に吹いておいた、多分美容に良いだろうと思って…。で、一応多少効果は出ているらしい。この辺りは毎日風呂に入る習慣がないからだろうか?
…話を戻そう。
「おい、クウ。本当に俺達だけでやるつもりなのか?」
「まぁ、向こうの主張も分かるしね。せっかく彼方が船を死守するって言っているんだから、任せた方がいいよ。(場合によってはそっちの方が危険だろうしな。)」
最後のセリフだけ、俺は声を小さくした。
別に聞かれても問題はないし、事実を言ったまでなんだけど、これ以上絡まれたくないしね。
「……そうか、わかったよ。」
ヴォルガがそう言ったところで彼方のパーティーの方針は決まる。一応補足だけすると、俺とユニは別パーティー扱いだ。俺達は別に伯爵の子飼いじゃないし、いずれ街を出る必要があるかも知れないからな。
そんなこんなで、最終的な方針が決まり俺達は夜の海を進んでいく。そして、体感的に2時間程経った頃、俺達の眼前に岩場ばかりの小さな島が現れた。
まさに海賊島という感じだな。というかアジトにするには不便そうなのに、何でこんな島を選んだんだろう?
あまりにイメージ通りな海賊島だった為、俺はそんなどうでもいい事を考えていた。
岩場で隠れた場所に船をつける騎士達。意外に操船技術が高いんだなと感心する。
「では、我々はこの場所を確保しておく。貴様らは何としてでも要人達を救出してこい!」
上陸後の作戦についてだが、俺は会議に参加していないのでよく知らないが、ヴォルガから聞いた作戦内容は俺の異能ありきだったので、基本的には以前の盗賊団アジト襲撃と同じ感じで行くつもりだったのだろう。
うん、そりゃ騎士連中は同行せんわ。ここまで来て船を守ってくれるてるだけでもありがたいぐらいだ。
という訳で、行動を開始した俺達は、何時もの音遮断結界で移動する。ヴォルガ達との訓練お陰で俺でもある程度は気配を消せるようになってきたと思う。
最初こそ、どうやれば消せるのかさっぱりだったが、殺気等を飛ばさない、要は相手を意識しすぎない様にするとか、魔力を漏らさないようにするとかして、極力自身の存在感を無くせばいい。
手練れ相手だと感づかれる事もあるそうだが、そこは遮断や遠隔の音操作を行う事で攪乱すれば良いだけの話だ。
「……順調だな。」
俺の前で崩れ落ちる海賊を見て、ヴォルガはそう呟く。月明りを頼りに進む道中で、既に20人以上を仕留めているので、着実に敵の数を減らせているだろう。
「ていうか、改めてクウの異常さがわかる気がするぜ。」
ヴォルガの呟きに、そう言葉を続けるキール。
「見つかったら面倒になるんだ。クウの魔法に感謝すべきだ。」
そう言ってダラスがキールを窘めるように声を掛ける。
「分かってるよ!ただ、なんて言えばいいんだろうな…。」
「…本当にクウが味方で良かったわ。」
「ああ!其れだ其れ!敵に回したくないよな!こんなの!」
こんなの呼ばわりしないで欲しいんだが?というか、ヴォルガ達の敵に回るっていうのが想像つかんのだが。
「そうだな…、傭兵稼業をしていると以前の仕事仲間が敵側に居る事もあるからな。…まぁ、クウが裏の仕事や悪党の依頼を受けるとも思わんが。」
そういやそうか、傭兵っていうぐらいなんだから、昨日の友が今日の敵なんてのもあり得るのか。とはいえ、伯爵家子飼いの傭兵であるヴォルガ達と敵対するような状況になるか?うーん。
そんな会話を聞きながら進んでいくと、岸壁に裂けめが出来ている場所を見つけた。
「どうやら着いたようだな。おそらく、ここが海賊共のアジトの入り口だ。」
「少し確認してくる。ユニ。」
俺はユニを呼び、岸壁沿いを移動し裂け目を覗き込む。数は少ないが所々に松明が立てられ火を灯している。全体的に薄暗い場所が多いが、これだけ光源があれば、暗視持ちの俺やユニは勿論の事、ヴォルガ達も問題ないだろう。
「これだけ明かりがあれば平気ですね。」
ちなみにユニが暗視持ちなのは、魔法の訓練により万物に宿る魔力を可視化出来る様になったらしく、之により空間把握能力が向上して、暗視の効果を得たらしい。ちなみに之は半魔人の種族特性という話だ。
ユニの空間把握能力は暗視だけに収まらず、建物や地形を完全に把握出来るので迷路の様な場所や、深い森の中からでも脱出が可能らしい。この世界に迷宮…ダンジョンの様な場所がない事が悔やまれる。
とはいえ、ここの様な天然の洞窟にも通用するので、要人の救出にはかなり有利になる筈だ。ちなみにユニはもっとチート臭い能力を持っている。
「洞窟内の生物反応はどうだ?」
「えっと、そうですね。……近くに数人いますね。多分、海賊だと思います。」
これがユニの異能に当たる部分だ。ちなみに調べた限りでは普通の半魔人は暗視と地形把握能力しかないそうだ。ユニが特別な存在だと言える。
「距離が近づいたら教えてくれ。」
俺の言葉にユニは頷く。それを確認した俺は、ヴォルガ達を手招きで呼びつける。
「じゃあ、打ち合わせ通り、俺とユニで先行する。遮断魔法は分けて掛けて置くから、ヴォルガ達は少し離れて付いて来てくれ。勿論、不測の事態は援護を頼む。」
不測の事態、つまり対処出来ない程の人数に囲まれてしまった場合だ。もしくは、大人数がいるような場所か。
前者はユニの能力があれば避ける事は出来るが、後者で突入せざるを得ない場合は彼らの力が必要となる。なるべくならそういう状況は勘弁して貰いたいものだ。
ヴォルガ達が頷いたのを確認し、俺達は洞窟内を進んでいく。
「前方、三人です。」
「了解。」
ユニの感知報告を受けて、俺は進行方向の音を拾う。
『はあ、見回りなんてやってらんねえよな。』
『ああ、どうせ領軍の連中なんざ人質がいるから動けねえだろうに。』
『もう、ここいらで良いんじゃねえか?戻って飲み直そうぜ!』
『そうだな、そうすっか。』
前方の足音が一瞬途切れ、徐々に遠ざかっていくのが分かる。
「どうやら引き返した様だが…、敵の数を減らしておくか。」
俺の言葉にユニが頷き、俺達は駆けだした。直ぐに海賊達の背中が見え、その無防備な背中から襲い掛かる。
「ぎゃっ!?」
「がっ!?」
「な、何だ!?てめえら!?…はっくっ!?」
突然の事態に目を見開く海賊を、俺は返す刃で切り捨てる。首を落とさずとも一撃で倒せるようになったのは修行の成果だろう。
短剣に付いた血を布で拭っていると、ヴォルガ達が追い付いて来た。
「いきなり走り出すな。何事かと思ったぞ。」
「あ、悪い、合図するのを忘れていたな。良い感じに隙だらけだったもんでね。」
「まったく…。で、そいつらはどうする?」
ヴォルガが海賊達の死体を見ながらそう言う。あ、考えてなかったわ。
俺がキョロキョロと周りを見渡していると、ユニが俺の服を引っ張った。
「あそこに、小部屋のような場所があるみたいです。」
ユニが指さす方向を見ると、成程、よくわからん。だが、ユニが言うなら間違いないだろう。
「悪い、そこまで運んでおいてくれ。俺達は斥候を続ける。」
「……分かった。」
ヴォルガ達には悪い事をした。でもまぁ、敵が減るのは良い事だろう?
その後も似たような事が何回かあり、俺達は人質が居そうな場所までやってきた。
「見張りが二人居ます。どうしましょうか?」
壁沿いに俺達が覗き込むと、少し大きめの部屋の前に見張りが立っていた。
「これまで通り…、いや、遠隔で攪乱しよう。」
そう言って俺は、周囲に遮断結界を張り、その内側で反対方向に異音を鳴らす。すると、見張り達は一度顔を見合わせた後、立ち上がる。
「何なんだ?今のおかしな音は?」
「まさか、魔物じゃねえだろうな?」
恐る恐るという感じで、異音がした場所に近づく二人。意識が完全に其方に向いている様で隙だらけだ。
「今だ!」
「はいっ!」
俺達は同時に駆け出し、見張り達に向けて剣を振り払う。
「ぎゃあ!?」
「ぐえっ!?」
一撃では仕留められなかったが、俺達はそのまま交差してに互いの敵を入れ替えて追撃を行う。
ズルリと崩れ落ちる男達を一瞥し、部屋の中を覗き込んだ。
「き、君達は…?」
其処には木製の格子に入れられ、驚いたような表情を浮かべる数人の男達がいたのだった。




